オムニバス小説【プロローグ3・26】
オムニバスとは全てのものを包括するというラテン語に由来する。
オムニバースとは宇宙の集合を意味する。
さて、この物語はどちらであろうか?
オムニバスなのか、それともオムニバースなのか。
神と宇宙の戦いのエピローグからはじめよう。
古代文明に隠された、暗号からはじめようではないか。
シトロンとメタトロン(インダス川)
シトロンの雨が降ってくる。すると人間の肉は溶ける。骨まで浸透しないところが厄介だ。俺たちの中でシトロンの雨を避けられる奴なんていない。
屋根の下に逃げても、シトロンは物体を貫通して人間に降り注いでくる。人間の原子核を狙ってシトロンは降り注いでくるんだ。
シトロンが何であるかを俺たちは知らない。レモンじゃない、レモンに類似しているってだけだ。
ガンジス川の上流にシトロンの原点があるらしい。幾人もの考古学者がシトロンを求めてガンジス川を登っていた。決して到達しないと言われている、インドの最上部。最も甘美でかぐわしく、最も危険で、最も天国に近いその場所の名前を知っていた女がいた。
メタトロン。
かつて人間だった大天使だ。
最も点後に近い場所の名前の中心にシトロンの木が一本植わっている。
メタトロンは人間の顔をした天使だと俺を欺いては、ヒントを与える。場所の名前も明確に確立されていないから疑う要素はいくらでもあった。
ーーーこの女は悪魔なのではないか?と。
悪魔の定義を俺は不幸にも知らなかった。
ガブリエルの妊娠(チグリス・ユーフラテス川)
ユーフラテスに導かれた。尼僧になった成れの果てに命を失って道がれたのがユーフラテスだった。死を待ち望み、薬物中毒に陥って、ガス中毒で死のうと試みた。そんなことはお釈迦様が許されるはずがないと当たり前にいう、生臭坊主にレイプされたことへの抗議の意味だった。
私が尼僧になった意味も知らずに、私を手に入れたと勘違いしたあの坊主に一泡吹かせてやりたかった。腹上死させたのだから、私は立派な犯罪者で、殺人犯だ。その罪を背負えば業火に燃やされて、地獄に落ちる。意識を飛ばすために覚醒剤を始めて、中毒で締めくくるためにガス自殺を選んだ。
最後の最後まで愛した人のために生きたとこの世界に刻みたかったからだ。
ユーフラテスの上に立つ私にお釈迦様はガブリエルという大変不名誉な冠を被せた。
「今日からお前は懐胎の天使となる」
お釈迦様は無限地獄に私を落としたのだ。
「輪廻転生の先にはガジュマルを求めていく」
墓標に刻まれた呪いの言葉によって私はユーフラテスの上を天使として彷徨っている。
ピアノの麓に(ナイル川)
手に入れて翌日、俺は失った。嘘だろう?ここがどこなんだ?知りたい。
叫んでも嘆いても探しても求めても見つからない。簡単で単純な話だった、最愛の彼女の骸がこうして俺の腕の中にあるのだから。
冷たくなると彼女はますます美しさを輝かせていった。冷たく青くなっていくほどに彼女は美しくなっていった。
この人は生きていると美しくはなれないんだ。
冷静な俺が真っ赤になった俺の目元を冷やしていく。これでよかったのだと思わせるほどに彼女は最高に美しかった。
弔問客が増え始める。葬式の段取りをと思って頼んだ葬儀屋がずかずかと上がり込んでくる。俺は怖くなった。彼女が奪われる気がして、冷や汗をかいてしまった。
理由と名目を適当につけて二人きりにしてもらって俺はいいことを思いついた。
食ってしまえばいいんだ。この美しい裸体を俺の体と同化させる千載一遇のチャンスが訪れている。
これは神様が俺にくれたご褒美なんじゃないだろうか。。。
紫に染まる指から食い始めた。嫌な匂いがしない最高の瞬間を選んだとさえ思った。最後の最後に子宮を丸呑みした。俺は彼女と一体に慣れたことが嬉しくて嬉しくて嗚咽を止められずに咽び泣いた。
事態を聞きつけた他人が扉を開けて悲鳴をあげた。冷静な俺の耳が警察だのなんだのという声を聞き逃さなかったのはきっと彼女が最後の最後まで俺を助けてくれたんだろうと感謝した。
俺は彼女の子宮を胃で消化しながら息絶えた。
目が覚めた時には俺の目論見通り俺と彼女は一体になっていた。
境目がなく俺と彼女は生き返った。
俺たちはシナイ山の麓でピアノを弾いて生計をたてることにした。女の顔をして男の顔をしていろんな表情を見せた。ナイル川に新婚旅行に行った。少ない軍資金でも今度はひとりだからコスパがいいとふたりで微笑みあって寄り添った。
シナイ山の麓の時計とナイル川のほとりの時計は多少の時差がある。彼女が鋭く俺に進言した。
「私たちは何かを与えられている。これは罠だったんだ」
気づくのが遅かったのかもしれない。ミカエルとウリエルを合体させてケルビムとセラフィムをくっつけたんだ。
神は俺たちを見下して言った、「お望み通りだろう?」
彼女は神の女だった。そのことをようやく思い出した。
荒野を整えリンゴに導き、そして、、、(黄河)
同性愛を禁止する宗教が多い。宗教学を勉強する上でテーマとしては面白いと思った。比較宗教学という学問をあえて選んだ。土地の気候や農作物の変遷、価値観その他、あらゆる文化の正義は宗教という形で絶対値を示している気がしたからだ。
俺は同性愛者ではなかった。LGBTQのデモ行進に参加してくれと言われたら日当が出るのなら参加した。熱量としては同世代の若者よりも希薄なくらいだ。
同性愛禁止法が施行されて俺は国内初の逮捕者となった。
何が抵触したのかと聞いてみたが納得いく回答は得られなかった。そのくせ世間では俺を初の犯罪者として連日報道された。
世間の流行が俺を死刑にまで至らせた。
死刑囚としていくつもの手記を出版した。冤罪であることは明白であったし、上告もした。出版した手記の印税はどんどん増えていくのに、俺の冤罪は一向に認められなかった。
死刑台に座らされて、刑務官が言った。
「最後に神に謝罪することは?」
どういうことだ?何で神が出てくる?俺は、無神論者だぞ!!
目が覚めると神の膝の上にいた。
「おかえり」
大きな安心感で俺は満たされた。帰るべき場所に帰還したのだと。しかし、次の瞬間、ありえないほどの嫉妬に襲われた。神は俺だけを愛しているわけではないことに気づいてしまったのだ。
オムニバス、世界を内包している。神は俺だけのものではない。
「悪魔よ!立ち去れ!」
地割れと洪水がたちまち地上を襲った。
黄河の末端の小さな村に俺は悪魔と共に天幕を張る生活を余儀なくされた。
悪魔はサキュバス。淫魔で名高い不老の女だ。
「汚い女と地獄で生きろ」。
神は俺にそう吐き捨てた。
りんごを俺に食べさせたのは女でもヘビでもない、悪魔でもなく、神だった。
急に思い出した真実。
嫉妬深い熱情の神。
恋愛がこの世に蔓延している。すべてを内包している罪の源流は古代文明の川を遡って消していかなければならないのかもしれない。
使命感なのか、召命なのか、としたら、誰からの召命なのか。
オムニバス
インダス川、チグリス・ユーフラテス川、ナイル川、黄河。
それぞれからの出発。孤独の旅が始まる。この世は神が収めている。負け戦に挑めと言われている。いや、しかし、おかしなことである。
この違和感に気づけるだろうか。
何かがおかしいことに。