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7/23[Megumi Iori]

「めぐちゃん!」
珍しく智柚子が朝イチで私の家にやってきた。朝9;30
連日の不眠に悩まされて忠兼さん不在の中、卓さんや基実くんに大迷惑をかけている身としては「テメェ、空気読んで朝イチで来るなよ」という気分だったが、仕方なく部屋に入れた。

「な、なに?」
熱帯夜が続いている。自分の汗の匂いを気にして一定の距離をとっている。2階には卓さんが寝ているのだから、あまり大きな声で話さないように注意を促しながら。
「コーヒーをください」
、、、。相変わらずストレートで意味不明なことをしょっぱなから言いやがる。面倒臭いのでさっさとコーヒーを入れて、また一定の距離を保って話を促す。嫌いなのではない、自身の汗臭さに恥じらっているのだ。これでも一応女である。

「あのさ!めぐちゃん、芍薬椿っていうペンネームからFlagMakerにした途端、本名の伊織惠にしたのはどうして?」
「おん?」
綺麗なまっすぐな目はやめてほしい。これでも私も綺麗な瞳のお嬢さんで人気を博した時期がある。僻み根性からマウントを取られている気分になる。
「伊織恵ってすごくいい名前だと思うんだ。俺はすげえ好きな名前だよ!」
よせ、ばか、告白か!こんな朝っぱらから。卓さんに誤解されるだろうが、、、と脳内でめくるめく妄想を展開しながら、つとめて冷静に答えた。
「えー、、っと、、、卓さんや基実くんが小説の中では自身の名前を本名にしたいって言っていて、だったら私だって、私だって!って思って、、、」
チキショウ、淡い年下の恋が泡になって消えていった。事実は時に自分の未来の可能性を削ってしまう。
智柚子はややあって目を丸く丸く丸くして「それだけ?何か陰謀があるとかじゃなくて?」と驚きを純粋さというエッセンスと共に表現した。ファンタジーなことを言ってやがるぜ。。。
「なんだよ、陰謀って、、、陰謀論なんて言葉はこのご時世に使うのは逆に危ないんじゃないのかい?」
気持ちの乱高下で頭がおかしくなって言語にも支障が出始めている。もうこれ、漫画の見過ぎだって笑われるやつだよ。
「いや、なんていうか、、ほら、なんていうか、、、」

「ガキ、なにしてんだ!」
卓さんがご起床されてきた。私の姫ターンか!?と少々心躍ったものの、智柚子だとわかると態度が急変する。
「ああ、智柚子か、珍しいね、朝早く。ごはんは?食べたの?めぐみさんは朝ほとんど食わないからグレープフルーツくらいしかないけど、よければ食べる?」
「めぐみも食べたいなぁ」
昨日は徹夜レベルで不眠だったから空腹に耐えていたのだ。
「お前は風呂に入ってきなさい」
あ、、、やっぱり臭かったんだ、、、。大人しくお風呂をいただきながらふたりの会話が聞こえてきたのでしばし聞き耳を立てることにした。
「ああ、名前のこと?うーん、不思議でしょ?聞きたくなるよね」
「うん。だってどうやったって説明つかないじゃん。なんなのって。あれは何?魔法使いなの?霊力でもあるわけ?って」
「うーん、ね。不気味だよね。俺もいつも不思議でしょうがないんだけど、結論から言うと天然」
「ええ!!!!????だってさあ、すごすぎでしょう!?俺、伊織惠と上宮卓はびっくりしたんだよ!?ヒヤヒヤした!え、わかってやってる!?って」
「わかってやってない(笑)わかってやってる時のほうがキレが悪い。自然に天然に降りてくるものに任せたほうが神がかるの」
「、、、、信じられない、、、」
「惠さんはここ数年特にそうだね。小説を定期的に書くようになってからそういう部分が天然で神がかってきた」
「じゃあ、なんていうのかな、知識とか考えてとかそういうんじゃないんだ」
「そうそう。天然で自然に描いた時の方がすげえの繰り出すの」
「だからかあ。。だから、卓さんも基実さんも忠兼さんも、、、なんていうか」
「うん。まあ仕事のためだし、一時的なものだろうって俺たちは楽観視してる、無理やり」
「最初はね、ちょっと嫌だったんだ。めぐちゃんのやり方。忠兼さんも基実さんも卓さんも仕方ないって思っているところにも不安だった。たぶんいつか誰かが大きなことをしでかすんじゃないかって」
「うんうん。智柚子の心配していることは大丈夫だよ、人事権は俺たちの誰かが持っているんじゃなくて、めぐみさんが持っているんだからね。俺たちはそのご指示に従うだけよ」
「すごいね」
「智柚子は恋してないの?」
「秘密だよそんなの」
「お!賢いね!!それが一番!好きだ嫌いだなんていうのはお互いがわかっていればいいことだからね」

なんだか母親の気持ちにさせられた土曜日の朝となった。
智柚子はジェンダーを超えている。時々ドキッとするようなことをしてあたしを期待させる。でもたぶん、その根っことなっているのは真面目さや正義感なんだと思った。
智柚子に恋しているかって?秘密だよ。
あやふやにしておくことでうまくいくこともある。お互いがわかっていればいいことだからね。



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