見出し画像

Clock Going[29.June]

大人になることを子供の頃どんなふうに想像していただろう。
俺はたぶん大人になる感覚がなかった気がする。

将来何になりたいか?どんなふうな結婚をしたいか?どんなことをして、どんな着地点を持って死を迎えたいか、、、考えたことがなかった気がする。

椿さんはどうだったのかな?と思ったけれど、聞くまでもなく俺たちの卒アルにきちんと答えが書いてあった。
「小説家になりたい」。
明確な夢があった。
友人のひとりは椿さんの逸話をいくつか覚えていて、
「彼女は明確だった。高校卒業後、早稲田大学の法学部を目指していた。それで弁護士になる道も考えていた。小説は本業にできたらいいなくらいだった」
椿さんはその未来に誰を見据えていたのだろう。聞くまでもない答えを聞くことはGoogleでわかりきった答えを検索することに似ている。
インターネットは便利だけれど自分の欲しい答えを探すのだらから見識は狭くなるばかりだ。
「あたし、中学の頃から小説書いていたの。でね、将来は卓さんと大学時代同棲して、社会人になって結婚するってご都合主義すぎるメロドラマばっかり書いてたの。設定はいつも同じ。ふたりで都内の大学に進学して、同棲から就職後結婚するってストーリー。ご都合主義だからライバルなんてひとりも出てこないの。ただただふたりで楽しくやってる物語」。

俺は椿さんといたあの頃、将来のことをなにひとつ考えられなかった。大人になることがどうでもよかったのかもしれない。隣に椿さんがいるあの当時の今が永遠に思えたし、大人になっても椿さんが当たり前にいる環境が変わるはずがないと天下泰平に思い込んでいたからだと思う。

椿さんがいなくなって俺は人生を考えるようになった。将来は?とか、この先どうする?とか、死ぬ時何食べたい?とか、それこそ、誰といたいのか?とか。どこに住みたいか?どんな仕事がいいか?誰と付き合うべきか?

申し訳ないけれど、俺も航朔も結果的には向こう様のバカ息子を利用させてもらったことになるかもしれない。椿さんがまだ権力者としての帝王学を修行している時期だった。先代子息の妃としての教育が目的で推挙されたようだが、それが向こう様の大誤算になることは俺も航朔もわかっていた。

椿さんは妃に収まるような器じゃない。

昨日、椿さんの帝王学修了証が交付され、名実ともに銀河の行軍・女の総大将としての冠を与えられた。その牽引者の冠ゆえに彼女はこれからもしばらくは表舞台に立つことはない。これは世界の法則でもある。反面、俺もそれに伴い、ファーストハズバンドという裏の顔と指揮官という表の顔の称号が授与された。これもまた世界の法則のひとつであるらしい。

椿さんと俺は寄り添うように写真を揃え合った。
6月29日、早朝の話である。

当たり前が失われて後、与えられた。

関係者は椿さんの修了証の交付の際にこう祝辞を述べられた。
「あなたは当代においてノブレスオブリージュを誰よりも実行できる女性だと私たちは判断しました。あなたに帝王学修了証を交付した最大の理由と言って良いでしょう」。

椿さんがいよいよFlag Makerのトップとして名実ともに世界を牽引する。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?