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連載コラム小説【おいたん】
俺はおいたん。75歳。全国男やもめ連合会会長。
この連合会は俺と会社の同期三人が娘の彼氏に薦められて創設した。
昔から男やもめにウジが湧くという慣用句があるが、女房に先立たれて不便な生活を強いられている。
俺はこれでも大企業の支店で課長職まで勤め上げ、地域では民生委員も務めた地元の名士のような立場だ。娘は学校の先生になったし、息子は無事に町役場に務めている。
子供は薄情なもので、同居を信じていたが息子は結婚した途端嫁さんの実家の近くに家を建てた。俺の家は長野県だが、息子は埼玉に引っ越して行った。そのくせ、新米の季節になると菓子折りひとつで一週間も滞在していく。ちょっと稲刈りを手伝って一年分の米を要求してくる。
娘は近くに住んでいるものの嫁にいったから頼ることを遠慮している。婿も煮えたか湧いたかわからないはっきりしない都会の坊ちゃんで、だいたい自分のことを「僕」なんて言いやがる。酒が強いかと聞けば「体に良くない」と言い、タバコは「そんな高額納税するほど僕は高級取りじゃないんで」とふざけたことをぬかしやがって、そんなんでよくも俺の娘を嫁にもらったもんだ。
会社のOB会で同期の人間と2次会に行くのが恒例になっている。畑やんとテラさんとオタと俺と。みんな残念ながら男やもめだ。
そろそろ田植えの季節になるから、バカなことばかり言ってらんねえんだけど、OB会だけは出席しないわけにはいかない。そういうもんなんだ。
オタと俺はずっと同じ支店で苦楽を共にしてきた。カラオケで北島三郎を歌うのが好きでやくざ映画を見るからついてこいと言われて、同じ時刻俺は洋画を見ていた。土曜日が半休の時代だ。
畑やんは近所に住んでいる。定年後、毎年確定申告の時期になると神経質に電話をかけてくる。毎年大丈夫と言っても心配性だからか、同じことを毎日聞いてくる。しつこい、かつての課長が「畑さんにはハタハタ迷惑ですよ」と言っていたことを思い知らされる季節が2月になっている。
テラさんは俺たちより3つくらい入社が早かった。もうすぐ80になるっていうのに元気で驚かされる。ばあちゃんの指示で農作業の段取りをするから間違えない。畑やんの3次会の誘いの断り方もうまい。小学校の頃に中学生に敵わなかったあの時の気持ちを75を過ぎた今でも感じさせられる。
5月、田植えが終わって娘が久しぶりに帰ってきた。
離婚をしたんだそうな。お母さんが病床だから死ぬまで、それから今まで黙っていたけれど、と。
それで新しい彼氏ができたと連れてきた。
一度にそんなに何を寝ぼけたことをと思ったが、彼氏が田舎好きで1ヶ月に一回は近くの空き家を借りて帰ってくると言ったもんだから嬉しくなった。
娘の新しい彼氏はタバコも酒もやるから俺にとっては朗報だった。一緒に酒が飲めるのはありがたい話だ。
酒を飲めば俺のことを「おいたん」と呼ぶちょっとふざけた性格も俺と似ていて気に入っている。
そんな婿(彼氏と呼ぶのももうやめていた)が唐突に言った。
「おいたんさ、やもめ連合会作らない?」
青天の霹靂だった。