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ブラックミラーS6.Ep5の考察

わたしが心待ちにしていたブラック・ミラーのシーズン6がこの度ついに、Netflixにて公開されました!

ブラック・ミラーは「海外版、世にも奇妙な物語」のような感じで、後味の悪さがクセになる短編ドラマ集といったところでしょうか。

ストーリーだけじゃなく、感想や考察を読むのもまた楽しいんです。

シーズン6の中でも特にわたしの興味を引いたのは、エピソード5、『デーモン79』でした。

デーモン79の感想を探すと、
「主人公と悪魔のコンビがよかった」
「ラストシーンにほっこりした」
という意見がほとんどで。

わたしが解釈していた説が見当たらなかったので、考察を深めていく必要性を感じました。

それは、【主人公、精神疾患説】です。

※英語で検索をかけると、この説を提唱している人が2,3人いました。

なんでそう思ったか

①ニーダの妄想癖

主人公ニーダはムカつく同僚や顧客、自分とは相容れない政治的思想を持つ者を見ると、彼/彼女らを滅多刺しにすることを想像するという危険な妄想癖のある女性でした。

「どうしても殺したい、でも殺人はいけない」
というジレンマに陥っていたニーダは、無意識のうちに「脅されたから仕方なく殺した」という言い訳を思い付き、悪魔を召喚することになったのではないでしょうか。

つまり、悪魔はニーダの幻覚だったということです。

②悪魔が見せる世界

ニーダが悪魔の存在に対して疑心暗鬼になっていた時、悪魔はとある男性を指して「あいつはかつて××という理由で××という方法で妻を殺した」と言いました。

ニーダは“その男性は凶悪殺人犯らしい”という噂を同僚から聞かされていたので、「やっぱり悪魔は本物なんだ…」というモードになっていきます。

この状況を客観的に考えてみると、“ニーダの頭の中にある情報が悪魔によって大げさに語られた”となるでしょう。

しかし、妄想と幻覚の中にいたニーダは、悪魔を信じたすぎるがあまり、自分に都合の良いように世界を解釈していってしまうのです。

③精神疾患

以下、わたしが感じたニーダの特異的なサインです。

  • 妄想や幻覚がある。

  • ほとんど真顔で、感情が平板化している。

  • 友達は居なく、他者との関わりを積極的に持つ方ではなさそう。

これらより、わたしはニーダが統合失調症なのではないかと、物語の中盤で思い立ちました。

医学辞典MSDを参照すると、統合失調症の症状には「暴力行為を命令する幻覚がある」ことが挙げられています。

ニーダはまさにこの状態にあるのでは?

④ラストシーンの意味

殺人を犯したニーダは警察に捕まり、これまで悪魔のお札に見えていた物がただの木片だったことに気づかされます。

ここでニーダは正常な思考を取り戻したように思われました。

が、その直後、再び悪魔が現れ、2人は核兵器によって終わろうとしてる世界を背に手を繋いで歩き出すー。

というシーンでストーリーは締めくくられていました。

警察に捕まり、凶悪な殺人犯として法に裁かれることになるニーダを待ち受けているのは、間違いなく「この世の終わりのような世界」ですよね。

受け入れられない現実をなんとか咀嚼するために、ニーダは再び悪魔を召喚して、自分自身を“世界を救うために犠牲になった正義のヒーロー”のように捉える、という妄想を始めたのではないでしょうか。

飛躍した解釈かもしれないけれど、わたしにはそのように感じられました。

この解釈における感想

悪魔が急に現れて殺人を促されるなんて、
「こんなことあるわけない!」と思うけど。

「君が殺人を犯さなければ世界が終わる」と言われたらー。

目の前にいる人の最悪な過去や未来を妄想してしまうとしたらー。

それが真実味を帯びたものに感じられるとしたらー。

「わたしがこの人を殺さないといけない」という捻れた正義感に囚われるかもしれません。

わたしたちはみんな、自分の主観で得られた情報を真実と錯覚してしまうものなのでしょう。

本当の真実は、大勢の主観を通して物事を見た時に初めて語られるものであるはずなのに。

『デーモン79』は単なる若い女性と悪魔のコンビによるほっこりしたSF物語ではありません。

精神疾患を持つ人が見えている世界と、それに影響を受けて混沌となっていく世界。

2つの世界観が、その存在をうやむやにしたままに綴られていくのです。

視聴者の客観的に物事を見る力をメタ的に試すかのような、挑戦的な作品なのでは…?

と、わたしは考えました。

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