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ダンスを終わらせて

それなりに生きている。

入社して4年。給料も残業時間も人間関係も納得できない時はあるけど、我慢できないほどじゃない。体調が悪くてもミスをした次の日だって、ちゃんと仕事に行く。

人生をかけて成し遂げたいステキな夢や胸を張って誇れる好きなことはないけど、それでいい。

今の生活に無理なくとれる時間と今までにできた努力の量をかけ算して、人生の落とし所はこのへんかと考えられるくらいには、大人になった。

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学生の頃から付き合っている彼氏がいる。将来のことを考えているとは言うけど、具体的な話はしてくれない。

ドキドキすることも、触れ合うことも減った。最後にデートらしいデートをしたのがいつか思い出せないくらいだ。

他にもっといい人がいるかもしれない。でも、また1から始めて結婚する頃わたしは何歳なんだろう。出会えるのかも好きになれるのかも保証はないし、親からのプレッシャーも強くなってきた。

まわりの友だちはどんどん着実に人生のステージが進みつつある中、わたしは同じ地点でくるくると踊り続けている。

雑音だらけで大きさも不安定な音楽にうまくリズムを合わせよう。

そう思っていたのに、出会ってしまった。

傘

顔を知っている程度だったその人と初めてきちんと話したのは、9月末の部署を横断しての合同お疲れさま会。たまたま隣の席になった。

「お疲れさまです。自分のペースで飲むんで、お酌はなしにしましょう」
気が利くし話もおもしろくて、落ち着いていて余裕のある人。そりゃあ営業成績もいいよねと納得した。

その日をきっかけに、同じフロアで働く人から二人で飲みに行く仲のいい同僚になるまで時間はかからなかった。

「こんな時間に一人で帰らせるわけにいかないでしょ」
イルミネーションが騒がしい街はしんしんと寒いのに、久しぶりに女の子扱いをされて顔が熱くなったのを覚えてる。

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正しくない暮らしが始まった。

その人はいつも小さく甘やかしてくれた。
カルディでお菓子を買ってくれたり、残業の日はイチゴを買って帰ってきたり。最後の一口はいつもわたしにくれる。

前髪を切っても、ネイルを変えても、新しい服を着ても、「かわいいね」をたくさん言ってくれる。 言われるたびに、わたしは女の子になれた。

ドライヤーで髪を乾かしてクシでとかしてくれる。「サラサラになったね」と会社では見せない顔で子犬みたいにじゃれてくる姿は、誰にも自慢できない。

眠くなると声が少し柔らかい。「世界で一番大事だよ」そんなことを言うわけないけど、そう言ってるみたいに、優しく丁寧に触れてくれた。

正しくないその暮らしは、紅茶を飲んでいる時間みたいだった。

銘柄もおいしい淹れ方も詳しく知らない。だけど、あたたかくて安心する。罪悪感を抱えながらでも、たくさんの小さな隙間を埋めてくれる心地のいいこの時間を手放せずにいた。

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その人はわたしに彼氏がいることを知っている。それでもわたしが話さないこと以上は、マフラーがいらない季節になっても、なにも聞いてこなかった。 自分勝手だけど、なにも聞いてこないその態度にモヤモヤしてしまう。

相変わらず「かわいいね」をたくさんくれるけど、「好きだよ」とか「付き合おう」なんてことは言ってくれない。

「仕事辞めようかな」
春から任されることも増えて、精神的にも身体的にもキツくなって相談をした。

「いいんじゃない、ゆっくり休みなよ」
いつだってわたしの欲しい答えをくれる。受け入れられた気になる。

でもいつも肯定してくれるのは、わたしを信用していたからじゃなくて、自分の人生には関係ないと思っているからだ。

そう思うと、言わないと決めていた言葉が口から漏れてしまった。

「わたしたちってさ」

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きっと、あの正しくない暮らしに愛はなかった。
ただお互いに都合よく隙間を埋めていただけ。

わかってるのに、いつまでたっても嫌いになれない。
もしかして嫌いになれないのは最初から好きじゃなかったからな気がして、笑えてしまう。

それでも嬉しいことがあった時、どうしようもなく寂しくなった夜、酔っ払った帰り道、電話がしたくて顔が浮かぶ。

なんでだろう。愛はなかったはずなのに。

正しくない暮らしが終わってからしばらくして、彼氏とも別れた。
わたしに残ったのは、ずるさと不安だけ。前に進んだのかはわからない。

でももう、同じ地点でくるくると踊り続けるのはやめた。

それなりじゃない生き方を、探してみようと思う。

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Written by : げんちゃん
Photography: さどまち
Model: 伊藤 美咲
Music by: のび太
Wardrobe assistant: カナメ
Direction: ZICCO



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げんちゃん
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