自分が半分なくなった
大学進学で、東京でのひとり暮らしを始めた。
2年生になるころにはバイト先の子と付き合ったり、バイト先のお客さんと付き合ったり、初めて会った子と寝たり、連絡先を知らない子と寝たり、名前を知らない子と寝るくらい、わかりやすく東京に流されていた。
夏休みも後半になった9月、帰省すると嘘をついて恋人とは違う女の人と暮らした。
14歳から19歳まで付き合った、元カノ。
彼女は地元で進学して、遠距離になって、お互いもっとたくさんのことを経験した方がいいんじゃないかみたいな理由で、1年生の夏に別れた。
「東京に遊びに行くから一日だけ泊めてよ」
一日だけのはずだったのに、気がつけばズルズルと何日も。
もう恋人同士ではなかったけど、高校生の頃に無断外泊を繰り返して何度も外出禁止になった僕らは、門限のない生活がどうしようもなく楽しかった。
料理なんてうまくできなくて、ふたり分の味噌汁はいつもちょっと少ないか、いつも余るくらい多くしか作れない。おままごとみたいな暮らし。
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彼女は初めての人だった。
エロい意味じゃなくて、いやエロい意味もなんだけど。
自分以外の人ために本気で喜んだり泣いたりケンカをした、初めての人。
大人になる過程での喜怒哀楽を全部、彼女と育てた。
お互い自分以上に自分を理解していた。
どんな時に不機嫌になるとか、どんな顔をしている時は熱があるとか、どんな言葉で喜ぶとか、どう触れてほしいかとか。
そんなことは一緒にいる理由になってないけど。
僕たちはどうかしていて、倫理観も狂っていて、間違っていて、そういうのが全部どうでもよかった。ボロいアパートに置かれた無印良品のベッドの上だけが、ふたりの世界だった。
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夜中に左頬の痛みで目が覚めた。
「なんでクシャミするかな」
そんなことで叩くか?寝てたし、布団を引っ張るのはそっちだし、クシャミくらい誰だってするだろう。いきなり叩かれた理不尽さへのイライラを押し殺そうと視線を落とすと、彼女の手にはケータイが握られていた。
ああ、そういうことか。
「怒ると怖い人なんだ」
どう怖いんだろう。想像したくないアレな怒り方する人かな。ぶん殴られても我慢するから、この子には手を上げないでほしいな。
そんな正義感でもなんでもない感情を、タバコの煙に混ぜて換気扇に吸い込ませた。
*
夏休み最後の日、東京駅の新幹線ホーム。
「帰るのやめちゃおうかな」
東京が気に入ったのか、夏休みが終わるのが嫌なのか、彼氏に怒られるのが怖いのか、どういう気持ちだったんだろう。
「やめちゃったらどうなるかな」
学校、お金、親のこと、将来のこと、ちゃんとしなきゃいけないことが何個あるか数えて、すぐにやめた。
どう返せばいいのかも、自分がなにを言いたいかもわからなくて、曖昧に触れようとした。
痛ぇ
「そうやって半端なことすんなと、自分が思ってるよりたくさん女の子を傷つけてること覚えといて。まぁ駅のホームでビンタされたなんて、一生忘れないか」
丁寧に塗られたマスカラがボロボロになっていた意味を理解するより先に、発車のベルが鳴った。
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この作品はちゃこさんとSaeさんの「クズでエモい文章を書こう企画 #クズエモ 」に寄せて書きました。お二人の作品はこちら。
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