6月:梅雨恋 wrote by @onigirinigireee
雨がもたらした出会いから始まる
青春純愛物語。
■雨原 早希 → 早
■メグミ → メ
□祠の神様 → 神
□早希のクラスメイト → ク
「」→会話
『』→通話、回想
( ) →思考
早「……っ……っ!!」
私の体が、空気を縦に裂いていく。
早「や……っだ……!!」
猛スピードで落下する私の体は。
早(死ぬ……!!)
直後。
軽い音と共にその動きを止めた。
痛くはなかった。
あまりに一瞬の出来事で、痛みすら感じずに死んだのだと思った。
次に感じたのは、私を濡らす大粒の雨。
死んだはずの私の体には、まだ感覚があるらしかった。
でも、もうそれも時間の問題だ。
足場の崩れた崖から落下した私は……もうすぐ。
メ「おい」
早「……え?」
メ「大丈夫か」
早「…………え?」
もうすぐ。
優しく降ろされるのだと分かった。
早「あ」
メ「......」
早「よかった、来てくれたんですね!」
早「昨日は本当にありがとうございました。これ、お礼に......」
メ「視えているのか」
早「え?」
メ「いや、何でもない。それよりおまえ、昨日あんな雨の中で何をしていたんだ」
早「お参りです。私の日課なんです」
メ「日課だとしても、昨日くらいはサボってもよかっただろう」
早「いつもなら大雨のときはサボるんですけどね……なんでか昨日はどうしても来たくなって」
メ「そのせいで死にかけたんだ。 これに懲りたらもうここに来るのはやめるんだな」
メ「どのみち、おまえのせいでそこの足場が崩れて狭くなったんだし」
メ「祠まで落ちなくてよかった……」
早「な、なんか私がデブみたいな言い方......」
早「まぁでも……私も軽率でした。反省はしてます」
メ「なら……」
早「でも、また明日も来ます」
メ「……は?」
早「日課ですから」
メ「昨日あんな目に遭っといて何言ってるんだ」
早「今度はもっと崖から離れたところにいます」
メ「明日もまた雨だぞ」
早「傘差してきます」
メ「道中で足場が崩れたらどうする」
早「安全な道を知ってます」
メ「なぜそこまでしてここに来るんだ」
早「おばあちゃんが好きだった神様だから」
メ「......勝手にしろ」
早「......」
メ「怪我しても知らないからな」
早「......気を付けます」
メ「......」
早「......」
メ「お参りするんだろう。終わったらさっさと帰りな」
早「......はい」
メ「......ありがとう」
早「......え?」
メ「なんでもない。ほら、早く帰れ。暗くなるぞ」
メ「今日は何の用だ」
早「お参りです」
メ「おまえなぁ......」
早「それと、あなたのことが気になって」
メ「俺......?」
早「はい」
メ「何が知りたいんだ?」
早「あなたがここに来る理由は何かなって」
メ「まぁ、近くに住んでるからな」
早「近くって、北区にある町からもここからじゃ結構遠いですよ?」
メ「おまえが言うか?」
早「......ふふっ、それもそうですね」
メ「まぁ......好きだからな、ここが」
早「好き、ですか」
メ「俺はここで生きてきた。それはこれからも変わらない」
メ「俺はここが好きだ。だからここにいる」
早「そう、ですね。好きだから来るんですよね」
メ「おまえは? どうしてここに来る?」
メ「祖母が好きだからってだけか?」
早「私は......いえ、私もここが好きです」
メ「そうか。なら、それでいいだろう」
メ「おまえも俺も、たいして変わらないよ」
早「そうかも......しれないですね」
あれ?
なんだかはぐらかされた気がする?
メ「で、また来たのか」
早「また来ました」
メ「懲りないな」
早「あなたの名前も知らないですし」
メ「そういえばそうだな」
メ「俺はメグミだ」
早「メグミさん」
メ「お前は?」
早「早希です。雨原早希」
メ「早希」
メ「早希、お前さては暇か」
早「日課だって言ってるじゃないですか」
メ「本当に毎日来てるんだな、あれから5日連続だぞ」
早「もちろん」
早「あ、お供え物とは別にたい焼き持ってきたんですよ。メグミさんも食べますか?」
メ「……いただきます」
早「こんばんは!」
メ「また来たな?」
早「そういうメグミさんもまた居たんですね?」
メ「まぁな」
メ「この森には妖怪がいる」
早「そうなんですか?」
メ「っていう言い伝えがある」
早「なんだ」
メ「もしも本当に妖怪がいたらどうする?」
早「んー、どうするかな……わかんないです」
メ「……そうか」
早「メグミさんは?」
メ「ん?」
早「メグミさんはどうしますか? もしも妖怪が目の前に現れたら」
メ「俺だったら……逃げるかもな」
早「ふーん……」
早「メグミ!」
メ「遅いぞ」
早「ごめんごめん。 プリント提出しにいったら先生に雑用手伝わされちゃって」
メ「人使いが荒いな」
メ「まぁ何にせよ、怪我とかではなくてよかった」
早「え……う、うん。ありがとう」
メ「なんだ?」
早「ううん。心配してくれてたなんて思ってなかったから」
メ「崖から落ちたって事実があるからな。そりゃ不安にもなるわ」
早「うっ、そうだね……」
メ「まったく……危なっかしくて目を放せんわ」
メ「毎日ここに来るが、お前友達はいないのか?」
早「いるよー。でもみんな私がお参りしに山に来ることは知ってるし、だからって友達と遊ばないわけじゃないしね」
メ「それでも友達と遊んでるのも楽しいだろう。なぜその時間を削ってまで毎日ここに来る?」
早「理由はこの前言ったじゃん」
メ「……そうか。そうだったな」
早「そうだよっ」
早「明日の小テストめんどくさいー」
メ「小テスト?」
早「うん、授業始まる前に簡単なテストをするんだけどさ」
早「あの先生、小テストなのにやたら問題を難しく作るんだもん。もうやりたくないー……」
メ「大変だな」
早「そういうメグミは勉強どうなのさ」
メ「俺は……まぁぼちぼち」
早「こういう奴ほど成績がいいことを私は知ってる」
メ「どうだかなぁ……」
早「はーあ。サインコサインタンジェントなんていつ使うのよ~」
メ「サインコカインタランチュラ……?」
早「……メグミより私の方が成績良さそうなのが分かったよ」
ク1「早希ー!」
早「んー?」
ク1「あんた今日もお参り行くんでしょ? プリント出しといたげるから、出しな」
早「え、いいの?」
ク1「いーのいーの! あんたそれでこの前現国の真壁にパシられて遅くなったんでしょ?」
ク1「たまには早くに行きな!」
早「ありがとう! じゃあ、お願いね!」
ク1「はいよー」
ク2「忙しいねぇ早希は」
ク1「本当にねぇ。おばあちゃんが亡くなってからバタバタして大変そうだったけど、早希の心が大崩れしなくて良かったよ」
ク2「おばあちゃんっ子だもんね、早希って」
ク1「自慢話するときにはほとんどおばあちゃんが絡んでたもんねぇ」
ク2「……優しい子だよね、早希って」
ク1「うん。お参りも行くし、あたし達にも付き合ってくれるし」
ク2「あんないい子、嫁に出したくないよね」
ク1「ははっ、あんたは早希の何なのよ」
メ「なぁ、早希」
早「んー?」
メ「昼からここに来られる日ってあるか?」
早「お昼から? んー、やっぱ土日かなぁ」
メ「土日っていうと……?」
早「15日、3日後だね」
メ「そうか」
早「なんで?」
メ「いや、見せたい場所があってな」
早「遊山で?」
メ「ああ」
早「……」
早「うん、分かった。予定空けておくね」
メ「ありがとう」
早「またあしたね、メグミ!」
メ「ああ、またあした」
メ「……」
神「メグミ」
メ「はい」
神「言うのか、あの子に」
メ「……はい」
メ「いずれは話さなければならないことでしたし、このままズルズルいくわけにもいきませんから」
神「……やはり、おまえは難儀な子じゃの」
メ「……」
早「メグミ!」
メ「お、来たな」
早「待った?」
メ「朝から待ってた」
早「早いよ(笑)」
早「それで、どこに行くの?」
メ「来ればわかる」
早「ふふっ、なんかデートみたいだね」
メ「嫌か?」
早「んーん、全然?」
メ「そこは嫌がってもいいんじゃ?」
早「嫌がってほしかったの?」
メ「そういうことではないが……」
早「ふふっ、メグミって面白いね」
メ「からかわれた……」
早「あはは、ごめんごめん」
メ「もうすぐ着くぞ」
早「はーい」
早「にしても、ずいぶん奥に来たね」
メ「そうだな、森の深い場所で、かつ晴れてないと生まれない」
早「いつでも見られるわけじゃないんだね」
メ「そう考えると時期は選ぶな」
早「今日は晴れててよかったね」
メ「約束して、雨に降られたらどうしようかと思った......着いたぞ」
早「わぁ......幻想的」
メ「この沼は俺の秘密基地なんだ」
メ「早希、話がある」
早「……」
そう言ったメグミの目には、迷いが見えた。
沼を覆うように伸びる枝葉の隙間から射し込む陽光の筋が沼を照らす。
メグミについて沼に近づくと、浅いこともあってか、緑色の底が見える。
この場所は、とても綺麗だった。
普通の人では到底見つけられないような、深くて暗いメグミの秘密基地。
正直、少し怖かった。
メグミとの関係が。
どんな形であれ、これで終わってしまう予感がした。
早「……なに?」
メ「俺は……」
間が空いて、意を決したメグミが口を開いて。
メ「妖怪なんだ」
私は。
早「……そうだと思ってた」
安心した。
メ「え……?」
早「だって、メグミずっと怪しかったもん」
そう。
思い当たる節なんていくらでもあった。
でも。
あまりに非現実的だから、まさかねって思ってた。
だけど。
あなたがその顔で言うなら。
私は信じられるし、嬉しいよ。
メ「おまえ、分かってたのか?」
早「ううん、半信半疑だったよ」
メ「……信じるのか?」
早「うん、信じる」
早「メグミは嘘つけない子だって知ってる」
メ「……」
早「おばあちゃんがね、祠の神様を見たことがあるんだって」
私がまだ小さかった頃の話だ。
祖母はそのことを話しては、懐かしそうに笑っていた。
紙のお面でお顔は隠してて分からなかったけど、優しいお方だったよ。
って。
メ「ああ、俺は隣でいつもお二人を隣で見ていた。だが、あの老婆はずっと俺のことは視えていなかった」
メ「……そうか」
早「……メグミ」
メ「……」
早「ありがとう」
メ「……」
早「……メグミ」
メ「……」
早「メグミ。私はメグミのこと友達だと思ってるよ」
メ「……俺もだ」
早「……私は、終わりたくないよ」
メ「……俺もだ。でも、そういうわけにもいかない」
早「どうして?」
メ「俺は妖怪で、おまえは人間だ」
早「でも、一緒にいることはできるでしょ?」
早「それとも、本当は私に合わせて楽しいフリをしてくれてたの?」
メ「そんなことはない!」
早「即答だね、嬉しい」
メ「……っ」
メ「……本来」
メ「俺たち妖怪は人間の目に触れられないんだ。なのに、お前たちはその壁を簡単に越えてきた」
メ「でも、いつ視えなくなるか分からない。そのせいで人間に情を移して悲観した妖怪も知ってる」
メ「そして、その人間も泣いてたんだ。目の前にいるそいつを探して」
早「……」
メ「人間は繋がりを大事にするものだと、俺は主から教わった。それを失っては生きていけないと」
早「でも、おばあちゃんは笑ってた」
メ「え……」
早「今は視ることはできないけど、神様とお話ができて嬉しかったよって」
早「神様の話をするときは、絶対に笑ってたんだ」
早「もう視えないけど、おばあちゃんがお参りをするのは神様に会いに行くためだって言ってた」
早「神様のことが好きだから、って」
メ「……」
早「私ね、メグミ」
メ「……」
早「メグミと、もっと一緒にいたいんだ」
メ「……」
早「メグミといると落ち着くんだ」
早「私が来る時間に必ずあの祠で待っててくれる優しいメグミと、もっといたいよ」
メ「……いいのか、おまえを待っていても」
早「うん」
メ「もしも、視えなくなったら……」
早「そのときは、私の手をとって」
早「助けてくれたときみたいに、私に触れて」
早「絶対に分かるから」
メ「……ありがとう」
早「……」
メ「また、待ってる」
早「うん」
メ「待ってるから、会いに来てくれ」
早「もちろん」
メ「……」
早「メグミ」
早「話してくれてありがとう」
早「ここまででいいよ!」
メ「そうか」
早「それじゃあね」
メ「ああ、またあした」
早「うん、またあしたね!」
神「……会いたいかい?」
メ「……はい」
神「そうか」
神「……そうか」