1月:ある娘の初詣 wrote by @AlionMalbelia
一人の娘が足癖の悪い地縛霊に出会った話。
■夢野 咲耶 ユメノ サヤ 65歳
毎年年末になると、母親の出身である風都町にやってくる女性。
桜の広場のベンチに座り、子供達に昔の話をしては喜ばれている。
■黒沼 雅紀 クロヌマ マサキ 享年18歳
風都町全域に縛られる地縛霊の男性。
口も人相も足癖も悪い男だが、弱い者いじめが大嫌い。
生前は犯罪者の息子として地元で有名になってしまい、迫害から逃れるべく各地を転々とした後に風都町に来た。
ある事件で左腕を失い、義手をつけている。
「あ、サヤお婆ちゃんだ!今年も来たの?」
「ねぇ、昔の話聞かせてー」
「ええよ。
じゃあ、初詣の時の話でもしようかね。」
昔あった話なんだけどね。
毎年年末になると、お母さんの実家があるこの場所「風都町」に来て年越しと初詣をしてたの。
雄風神社があるでしょう?
そこでしていたのよ。
十八歳の時に行った初詣。
実家で昔お母さんが着ていた振袖が見つかって、それを私が着て行けることになってすごく嬉しかった。
白や黄色の花があしらわれた赤い振袖。
陽の光に当たるとキラキラ光って素敵だった。
初めて着る振袖。
お化粧して、髪も結って、おばあちゃんに貰った簪付けて…
あの時の私、一番綺麗だったんじゃないかしら。
だから調子に乗ってたんだと思う。
人混みの中、皆に見せびらかしたくて、一人でさっさと歩いてしまって、お母さん達とはぐれてしまったの。
その時携帯なんてものは持ってなかったし、電話番号も覚えてなかったから公衆電話も使えなかった。
一月の日は短くて、日暮れになっても見つけることができなかった。
家に帰っちゃったかな。
帰ったら連絡取れるかな。
そう思って、黄昏時の薄暗闇を一人で歩いていた。
すれ違う人もロクに居ない暗い道。
家まではそれなりに距離があった。
とにかく早く帰りたい。
そう思って、ちょこちょこと小走りになっていた。
そしたら、前に広がって歩いてたガラの悪い人達にぶつかっちゃったの。
すぐに謝ったんだけど、案の定絡まれた。
「ぶつかっといてごめんなさいで終わると思ってんのか?」
そんなふうに言われて、五、六人くらいに囲まれてしまった時は怖かった。
私何されるんだろうって。
誰か助けてって叫びたくても、震えちゃって声も出ないの。
そんな時だった。
あの人が来たのは。
「クソ共が、寄って集って何をしてやがる」
私を囲んでる人達とは別の、低くて重たい声。
不思議でね、この声は私以外には聞こえてなかったみたいなの。
囲ってる人達はその声に見向きもしないで、私の腕を掴もうとした。
そしたら、その男の人が吹き飛んだ。
本当に、軽々と。
吹き飛んだ男の人が居た場所には、別の人がいた。
綺麗な黒髪で、目つきの悪い男の人。
どうやらこの人が、あの男の人を蹴ったらしいってわかった。
ガラの悪い人達は何が起こったかよくわかってないみたいであたふたしてた。
その片端から、黒髪の男の人が蹴り飛ばしていった。
皆綺麗に飛んでった。
起き上がって辺りを見回して「誰だ!?」とか叫んでたけど、涙目の私しか見えてないみたいで。
結局、皆ぴゃーって逃げてった。
黒髪の男の人はそのままどっかに行こうとした。
「待って下さい」って男の人の左腕を掴んだ。
よく覚えてる。
冷たくて、肉の感触がない無機質な肌。
作り物みたいな腕だった。
「ありがとうございます」って泣きながら言ったら「助けたくてやったんじゃねェ」って。
「弱い奴らが束になって、更に弱い奴を虐めるのが嫌いなだけだ」
そうぶっきらぼうに言われた。
「泣くんじゃねェ」って言って、ぐちゃぐちゃな私の顔を見たんだと思う。
男の人はすごく驚いてた。
そしたら、男の人は私のお母さんの名前を呼んだの。
「アリサ?」って。
「なんでお母さんの名前知ってるの?」って聞いたの。
でも、男の人は何にも言わなかった。
ただ一言、「もう人気のない道を一人で歩くな。」って言った。
涙ふいて前を見たら、そこにはもう誰もいなかった。
ただ心做しか、少しだけ道が明るくなっていた気がした。
それからは一直線に家に帰って、私を探してたお母さんとお父さん、おばあちゃんに怒られた。
お母さんにあの黒髪の男の人の話をしたら、目を丸くして、悲しそうな顔をして、涙目になってた。
「まだ居たんだね、ここに。」
話を聞いたら、あの男の人はクロヌマ マサキさんって言う人で、お母さんの同級生だったんだって。
口が悪くて、短気ですぐに足が出るけど、根は真面目で弱いものいじめが大嫌いな人。
左腕は義手だったって聞いて、あの時掴んだ腕の感触に納得がいった。
マサキさんは、十八歳の時に死んでしまったんだって。
お母さんも、生前のマサキさんに助けてもらったことがあったって言ってた。
母娘揃って助けられて、今こうして健康に生きていられてるんだよ。
この年の後も、毎年この町に来ては年越しして、雄風神社に初詣行って、この辺で遊んでた。
亡くなった場所も教えてもらえなかったけど、毎年この広場に来て、マサキさんが好きだったお菓子をお供えしてる。
あの人ね、成仏出来ないし、悪いこともしなくて誰も祓いもしないから、今でも『ここ』にいるのよ。
「…そんな昔の話、ガキ共に話して何が楽しいんだか。」
「いいじゃないですか。ちょっとした思い出話。」
「さして面白くもねェ、つまらねェ話だ。」
「そんなことないですよ。
…そういえば、あの時の私は気が付かなかったですけど、何で私は貴方に触れるんでしょうね。」
「この辺の土地神の気紛れで押し付けられた力だ。
アイツら一介の霊に『その辺で悪さする奴らにお仕置きしといて』なんてバカみたいな命令しやがったからな。」
「それだけ信頼されてるってことじゃないですか。
貴方は相当気に入られてるんでしょうね。
地縛霊でありながら、私達に物理的に接することが出来るなんて。」
「やめろ。
神だなんだってもんは、人間に対してロクに施しを与えやしねェ。
面倒事押し付けるだけだ。
さっさと成仏したかったぜ。」
「でも貴方が神様達からそういった力を授かってなかったら、私は死んでいたかもしれませんよ。」
「…そりゃ…そうだが…。
…ってか、お前、いい加減このクソ寒い時期に来んのやめろよ。
いい歳だろ。」
「毎年この時期に来るのが通例ですから。
ここで雪が見られるの、嬉しいんですよ。」
「はァ…凍え死んでも知らねェからな。」
「ふふ、そんな簡単に死にません。」
「次はもっと、暖かい時期に来い。
ここにあるこの木、花が咲いたところ見たことねェだろ。」
「そういえばそうですね。
随分大きな木ですけど…桜ですか?」
「そうだ。
いつからここにあるのかは俺も知らねェ。
だが、毎年春になると綺麗な花を咲かせる。
…俺の故郷にあったあの桜と同じくらい…
…いや、それよりも綺麗だと俺は思う。」
「マサキさんの故郷って?
元々ここの人じゃないんですか?」
「…チッ、余計なこと言っちまったなァ…。
その話が聞きたきゃ、また来年も来い。
それこそ、この桜が咲いてる時期にな。」
「またそうして意地悪なことを言うんですから。」
「うるせェ。
実際このクソ寒い時期に来て、寒空の下ベンチに座ってるだけのババアが身体を壊さないわけがねェ。」
「もう…心配してくださるのは嬉しいけど、その口の悪さをどうにかしたらいかがですか。」
「こればっかりはどうにもならねェな。
お前の母親からも『顔も口も足癖も悪い性悪男』ってお墨付きもらってるもんでな。」
「はぁ…。
…でも、そうして悪態つきながらも、しっかり私達親子のこと気にかけてくださってるんですものね。
他のお仕事放っておいて私のところに来てるんでしょう?」
「な…なんでそれを…」
「自分の行動をよく考えてみなさいな。
私の予定も知らないくせに、毎年年末に駅で待っててお出迎えしてくれるし、重くなってしまった私の身体を支えてくれているでしょう。
それで宿まで送り届けて、さらに宿の周りをうろついて警戒してるの、知ってるんですよ。
そんな中で他の仕事が出来るわけがないでしょう。」
「うっ…お前無駄に勘が鋭くなったな…」
「貴方の行動がわかりやすすぎるだけです。」
「うるせェ!
やってやってんだから感謝しろよ!」
「はいはい、感謝してますよ。
だから、また来年もお願いしますね。」
「…おう。待っててやるよ。
いいか、春だからな。
桜が咲いてる時期に…いや、やっぱ夏だな。」
「夏?
お話を聞かせてくれるのは春じゃありませんでした?」
「だから、春に来れば話を聞かせてやる。
夏に来たら…雄風神社の夏祭りでも案内してやるさ。」
「春も夏も来いってことですか?
もう、寂しがり屋さんですね。」
「うるっせェ別に寂しいわけじゃねェ!」
「ふふっ。
でもいいですね。桜も、夏祭りも…。
楽しみにしています。」
「おう。
いいか、絶対来いよ!」
「はいはい、わかりましたよ。
じゃあ…またね、マサキさん。」
「…あァ。
またな、サヤ。」