このクリスマスに安物の夜を添えて(無意味な文章)
(注:世の中には意味のある文章が多すぎるため、無意味な文章を書いています。決して意味を見出さないでください)
「もし、もしそこのお方」
クリスマスイブの夕方のことでした。イルミネーションで浮かれた街の一角で、厚手のダウンジャケットを纏い寒そうに身を縮めた男に話しかける女がいました。
「夜、夜はいかがですか。夜を買いませんか」
女はスーツをきっちりと着こなし黒ぶちの眼鏡をかけていて、いかにも真面目そうな面持ちです。
「夜? 夜ってあの、夜ですか? お月様がポンと光って、お星さまがひらひらする、あの夜ですか?」
男は冗談半分に、笑ってそう返しました。女は笑いませんでした。真剣にうなずきます。
「はい、そうです。その夜です。実は、夜は民営化されました」
「民営化だって!?」
なんとびっくり仰天の助。男はその場で跳び上がって叫びました。
昨今、どこも経済事情が厳しい中で、事業の民営化が推し進められる傾向にはありました。けれどもまさか、夜まで民営化されてしまうとは、男はこれっぽっちも思っていませんでした。
「連日ニュースで持ち切りですが、どうにもあなたはそれをご存じなかったようでしたので、こうして直接お話に参りました次第です」
より畏まる女に、男はなんとも恥ずかしくなって、頭を深く下げました。
「いやほんとに、その通りで、年末の忙しさで何日も泊まり込んで仕事しかしていなかったもんで、えぇ、大のオトナが恥ずかしい限りです」
「いえいえ、お仕事に精を出すのも立派な大人の証拠ですから。それで、こちらをご覧になっていただきますか。夜を買っていただくにあたり説明が必要ですので」
女は微笑みながら、足元に置いた鞄から書類の収まったクリアファイルを取り出しました。
「ええと」
男は書類を受け取りつつも、頬をかいて女を見返します。
「もし夜を買わないと、どうなるんでしょうか」
「それはもちろん、お客様に夜がこなくなります。黄昏時が終わってもそれ以上は暗くならず、月もほどほどで、星もほどほどです」
「はぁ、ほどほど。例えば、えっと、同居している二人のうち、片方しか買っていなかった場合は?」
「それはもちろん、ご購入されたお客様にだけ夜が来ます。えぇと、例えばお子様が2名の4人家族だとして、下のお子様だけ夜を買っていなければ、上のお子様だけが『もう夜だから早く寝なさい』と言われることでしょう。実際には、扶養家族様の分は一緒にご購入いただくので、あくまで例えではありますが」
「それは、なんともまぁ」
男はぱちぱちとまばたきしました。
「大変なことですね」
「えぇ」
女はすっと眼鏡の位置を直しました。
「大変なことですが、やはり、民営化されたからには確実に利益を見込んだ仕組みを作らなければならないので、こうして皆様にご購入いただく必要が出てしまいました。ご理解いただけると幸いです」
「はい、はい、それは大丈夫です」
応えながらも、男は自分の鞄の中から財布を取り出しました。そしてそれを開くと……睨みつけるように眉根を寄せました。
「ところで、そのぉ」
顔を上げると、気まずそうに聞きます。
「お値段は、いかほどで?」
「こちらにも書いてありますが」
女は、男に渡した書類をその手元で1枚めくりながら、答えました。
「おひとり様、年額8円でございます」
男はそれを聞いて、目をお月様みたいに真ん丸にしました。
「はぁ、8円」
「概ね、全人類の皆様および飼育されてますペット様の分もご購入いただけると想定しているため、このお値段となっております。ただ、何しろ民営化直後の実験的な部分もありますので、状況に応じて来年以降に2割から3割の値上げがあり得ることをご了承いただければと存じます」
「はぁ、2割から3割」
男は財布の小銭入れから十円玉を取り出すと、それをそっとつまんで、ゆっくり持ち上げていきます。そして、夕焼け空のほどほどのお月様に重ねてみました。十円玉のお月様です。
男は白くなった息をそっと吐き出しました。
「メリークリスマス」
女は優しく微笑みました。
「2円のおつりとなります」
(EON)
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