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巡る自然


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小さな自然の流れを作る作業、アクアポニックスを皆さんはご存知ですか?最近熱帯魚を飼い始めた私は、人生2回目のアクアポニックスにチャレンジしましたが開始10日ほどで約半数の魚たちが死んでしまいました。


こういった体験をすると、自然とは、その絶妙なバランスの上に成り立っていることを再認識させられます。そして、そのバランスが少し崩れただけで、自然に近しい生物から死んでいってしまいます。地球に住む生物は、水と食糧があるだけで生きていけるのでしょうか。

決してそうではありません。それはあくまで個が生命を維持する機能なだけであって、生物は身の回りの環境の上に成り立っているのです。そしてその環境とは、断片的な要素だけではなく全て巡っていることに改めて気づかされました。水は山から川を通りやがて海へ流れ着きます。海にある蒸発した水分は雨となりまた陸地に流れます。そして、その巡りの中で生物に必要な栄養素が濾過され、私たちや身の回りの生物の身体の中に入ってきます。皆さんはその巡りを普段の生活から意識することはあるでしょうか。

そもそもアクアポニックスを始めた目的をお伝えすると。1回目はただの興味から。今回は自然の流れを意識し、そしてそれを子どもたちへ伝えることでした。ここで子どもたちへ伝えられたことは、総じて言えば自然は絶妙なバランスの上で成り立っているということ。なぜ魚が死んだのか。なぜ生きている魚がいるのか。植物はなぜ育つのか。なぜ水の中に空気を送る必要があるのか。そして、魚の死が悲しいと感じること。我々はその魚を普段は悲しみもせず当たり前に食べているということです。病気が発覚した魚に対して『頑張れ』と言うのも、死んでしまった魚を見て『悲しいね』というのも。ただ食卓に並べられた魚を食べるだけでは感じなかった感情でしょう。水槽にいる魚と食卓に並ぶ魚は何が違うのでしょうか。本質は同じだからこそ、昔の人達は、生き物のお墓の前で手を合わせる様に、ご飯の前に手を合わせたのだと思います。

何も不自由なく、様々な物が手に入る世の中になりました。それは一見合理的に見える半面、その過程にある大事なものが蔑ろにされる社会になっています。

ちょうど、7月よりビニール袋の有料化が始まりました。人は何かをきっかけに気づき、変われる生き物です。今回のアクアポニックス然り。レジ袋の有料化然り。私たち大人にできることは、その背景にある想いを子どもたちへ伝え託していくことだと思います。


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