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シンガポールの映画事情

 シンガポールの本屋事情がなかなか注目を集めていて嬉しい。Golden Village、Cathay Cineplexes、Shaw Theatresの3大映画館チェーンのラインナップでは物足りないミニシアター愛好家に取って、本屋と同じく「いい感じ」の映画館が少ないシンガポールだが、健闘している様子もある。
 今回は、シアター・イメージフォーラムBunkamura ル・シネマ、今はなきアップリンク渋谷K's cinema新宿シネマカリテ辺りをうろついていた方は、割と趣味が合うであろう記事を書いてみる。


映画館はThe Projectorの一強状態

 2014年に開業した独立系映画館であるThe Projectorは、大手のシネプレックスでは取り上げないシンガポール映画や世界のインディーズ映画などを専門に上映する。古い映画館を改装して「レトロ風」なインテリアと共に再オープンさせ、同時に小規模な映画祭やポエトリー・リーディング、スタンダップコメディショー、ライブ等のイベントも開催するミクスチャースタイルは、一定の層(つまり私)に強く支持されている。

 「本店」は2015年に開館。ブギス駅から徒歩約20分、ラベンダー駅からも徒歩約10分の距離にある、アクセスが良いとはとても言えないゴールデンマイルタワーに入っている。

 マレーシア、タイ行きの長距離バス乗り場があり、タイ料理屋とタイ雑貨の溢れるこの建物は、隣接するゴールデンマイル・コンプレックス(現在は閉鎖)と併せてシンガポールのリトルタイという別名の方が有名かもしれない。ベトナム人女性を専門に紹介する怪しげな結婚相談所も入店していたりして、どちらの建物もどこか猥雑で、うらぶれていて、知る人ぞ知るという雰囲気だ。

 続いて「分店」の紹介をば。Golden Villageと共同運営の「Golden Village x The Projector at Cineleisure」は、2023年12月オーチャードにオープン。館内に6ヶ所ある劇場のうち半分をGolden Village、残りの半分をThe Projectorが管理・運営している。同じ映画館の中で、キューブリック映画とマーベル映画が同時に上映されており、ラインナップの統一感に少し欠ける印象だが、マンダリンギャラリーの裏手という立地はこの上なく便利だ。

 先日、彼がとあるホラー映画を観ている間、館内をうろついていた時に何枚か写真を撮った。

 館内はほぼThe Projectorの世界観が反映されている。ちょうどSingapore Independent Media Fairがカフェスペースで開催されており、独立系書店等が複数ブースを出していた。

SNSのフィードやリールでなく、フィジカルな掲示板で情報を得たいという人は多いだろう

※クラークキーにあった「Projector X: Riverside」は、2022年8月〜2023年7月までポップアップ映画館としてオープンしていたが、現在は閉館している。

シンガポール映画、エリック・クー派?それともジャック・ネオ派?

 続いて、シンガポール映画(シンガポール人の映画監督による作品と定義する)の事情について。「金儲けばかり得意な文化砂漠」と揶揄されることも多かったシンガポールだが、文化芸術面でも前進していることを世界に示し続けている。
 シンガポール映画の好みを知るのに一番簡単な質問は、「エリック・クー(Erik Khoo)派?それともジャック・ネオ(Jack Neo)派?」かもしれない。

 エリック・クー「ミーポック・マン」(Mee Pok Man、1995年)はシンガポール現代映画の先駆けと名高い。1970年に映画界が衰退してから20年以上も、国産映画がほとんど作られない時代が続いた中で、転機を迎えた作品といわれている。
 シンガポール最大の歓楽街ゲイラン地区で、父親の死後ミーポック(※)屋台で働くしがない青年と、常連客のセックスワーカーの切ないラブストーリーは、ほぼ中国語(福建語?)で進んでいく。
※中華麺。作中ではドライ麺で、魚のすり身団子入りのスープが添えられている。

 当時、豊かさに向けて突き進んでいたシンガポールで、社会の片隅に追いやられた人々に光を当てた本作は、国内外の批評家から高い評価を受けた。2010年代に入って以降もシンガポール国際映画祭やThe Projectorで度々上映されている。ダークでいわゆる「観る人を選ぶ」内容だが、息の長い作品である。

 クーの第2作「12階」(12 Storeys、1997年)は、同年カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門で上映され、海外にシンガポールの存在感を示した。(ジャック・ネオが出演している)

 そのネオは、クーとは対照的に、どたばたコメディの分かりやすい作風で知られる。兵役中の若者達の群像を描いた「アー・ボーイズ・トゥー・メン」(Ah Boys to Man、2012年)は、興行収入が600万SGDを超え、ネオ自身がデビュー作「マネー・ノー・イナフ」(Money No Enough、1998年)で打ち立てた記録を塗り替えた。

 ネオは、ほとんど全ての作品でシングリッシュや福建語を多様すると共に、シンガポールに特徴的な拝金主義や学歴社会を滑稽に描くことで、「ハートランド・コメディ」と呼ばれるジャンルを映画界で確立した。
 クーやネオらは、次世代映画人の育成にも貢献し続けている。

無機質でレトロな街並みと、切ないストーリー

 大都市が生み出す匿名性や無名性、代替可能性に慣れ、その恩恵にあずかりながらも、自分の居場所を渇望し続ける。そんな私達は、シンガポール映画が織りなす「無機質な街並みと切ないストーリー」を違和感なく心の中に染み渡らせることができる。
 特に、以下に挙げる2作品は、時代背景が1990年代のシンガポールということもあり、ミレニアル世代に取っては懐かしさと共に没入できると思われる。

 まず、HDB住宅に住む共働きの中間層の家庭を舞台に、フィリピン人の家事労働者(Domestic Worker、通称ヘルパー。いわゆるメイド)と男の子との心のつながりを描いた「イロイロ ぬくもりの記憶」(Ilo Ilo、2013年)だ。心なしか嫌われ役のキャラが多いが、彼ら彼女らが抱く悲しみや焦り、寂しさが徐々に描写されていくうちに、大都市に取り残された人々の「上手くいかなさ」に深く共感できる。
 2013年のカンヌ国際映画祭で、新人監督賞であるカメラドールに選ばれた。

 「消えた16mmフィルム」(Shirkers、2018年)も見逃せない。サンダンス映画祭でワールド・シネマ・ドキュメンタリー監督賞を受賞している。
 90年代に自主制作した映画が、当時の恩師によって持ち去られてしまうが、20年後に意外な形でその映画を再び見返すことになる監督の、タイムカプセルのような一作だ。

 海外とのコラボレーションも積極的に行うシンガポール映画界は、これからが一層楽しみ。今年のシンガポール国際映画祭には、是非足を運んでみたい。

参考:



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