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ジャック・ネオ監督の作品で溢れるNetflix

 Netflix内で「シンガポール」や「Singapore」で検索することで、新旧様々な映画を見つけることができて楽しい。
 先日、ジャック・ネオ(Jack Neo)監督の「アイ・ノット・ステュピッド」(I Not Stupid、2002年)をNetflixで鑑賞した。連作ものであり、3作目の「アイ・ノット・ステュピッド3」は現在シンガポールの劇場で公開中。

手前の3人の男の子達が主人公となって、ドタバタ劇を繰り広げる

 ほとんど全ての作品でシングリッシュや福建語を多様すると共に、シンガポールに特徴的な拝金主義や学歴社会を滑稽に描くことで、「ハートランド・コメディ」と呼ばれるジャンルを映画界で確立したネオ。デビュー作「マネー・ノー・イナフ」(Money No Enough、1998年)で600万SGD弱の興行収入を叩き出したのは彼の成功の始まりに過ぎず、兵役中の若者達の群像を描いた「アー・ボーイズ・トゥー・メン」(Ah Boys to Man、2012年)は興行収入が600万SGDを超え、自身が打ち立てた記録を塗り替えた。
 今回紹介する「アイ・ノット・ステュピッド」は、シンガポール人の友人によると「リアルな台詞や場面が多い。例えば親が子供に叱る時や、政府の文句を言う時などは、実際のシンガポール社会を反映するものとして、シンガポール人が見たら笑っちゃうし楽しめると思う」とのこと。リアルすぎて、トラウマが甦る(フラッシュバックが起こる)視聴者も多そうだ。

※以下、少しネタバレを含むため注意


劇中のノンバーバルなサインを見逃すなかれ

 日本の小学校に当たるPrimary school。その6年生で、「落ちこぼれのクラス」にいる3人の男の子、テリー(Terry Khoo)、コックピン(Liu Kok Pin)、ブーンホック(Ang Boon Hock)とその家族が複雑に絡み合い、ストーリーは進んでいく。劇中の何気ないシーンに登場人物の社会階級や価値観が描かれており、大変興味深い。

なぜ、Primaryの成績が重要なのか:
・シンガポールの義務教育はPrimaryのみ
・Primary修了にあたり、PSLE(Primary School Leaving Examination)という卒業試験が実施される。PSLEは卒業判定のみならず、その後の進路に重要な意味を持っている
・端的にいえば、PSLEの成績によって、人生のおおまかな道が決まってしまう

 テリーは、過保護な母に何でも従う泣き虫な男の子。「一戸建て」「自家用車」「住み込みのメイド(ヘルパー)」「英語を話す家庭」という背景描写が、裕福な華人の暮らしを表す記号として機能している。何故公立校にいるのか不思議だが、勉強ができなさすぎて公立校にしか行けなかった、という設定なのだろうか。
 コックピンは、成績を上げるよう母親からプレッシャーをかけられる。しつけ用の鞭で何度も打たれるが、どんなに頑張っても成績は上がらない。一方で、絵画の才能には目を見張るものがある。
 ブーンホックは、母親とホーカーセンターの屋台でワンタンメンを作り生計を立てているが、生活は苦しい。受容的な担任の先生に感銘を受け、「見下されたくない」と一念発起し、母の仕事を手伝いながら勉強に集中する。

なぜ、「一戸建て」が富の象徴になるのか:
・シンガポールは第二次世界大戦後、衛生問題と住宅不足に直面した。東京23区ほどの面積しかない土地を最大限活用するため、政府主導で、高層のHDB(Housing and Development Board、住宅開発庁。および住宅開発庁が供給する公営住宅)団地が急ピッチで建設された。
・シンガポールに居住している世帯の77.8%がHDBに住んでいる(2023年時)。HDBと比べると、コンドミニアムや一戸建て等のプライベート住宅の価格(賃料)は飛び抜けて高く、特に一戸建ては数1,000万SGDの物件も珍しくない。

なぜ、「自家用車」が富の象徴になるのか:
・車の台数を管理し、交通渋滞等の問題を防ぐことを重視しているシンガポールでは、自動車は「贅沢品」である。
・自動車を所有するには、まずCOE(Certificate of Entitlement、10年の車両所有権)を国から購入しなければならない。COEの取得には、月に2回行われる入札(オークション)に参加する必要がある。COEの発行数は政府がコントロールしているため、需要と供給のバランスによりCOE価格は大幅に変動する。
・シンガポール国産の自動車はないため、車両購入時に、輸入時関税が一般車両価格の20%ARF(Additional Registration Fee、追加登録料)が一般車両価格の100〜320%かかる。
つまり、事実上、経済的にかなり余裕のある家庭しか自動車を購入・維持することができない。

※住み込みのメイドは、中流家庭でも雇用することがあるため、住み込みのメイドを雇用しているという事実のみを以て、テリーの社会階級が際立つわけではない。
※シンガポールでは「家庭内で使用する言語と、学歴・階層とに深い相関関係がある」ことが分かっている。シンガポール人を対象とした調査によると、家庭内で英語を話す世帯は、プライベート住宅(コンドミニアムや土地つき一戸建て)居住率が高い。

 シンガポールの教育制度については、パートナーと話していると何時間も経過するほどネタが豊富なため、また別の記事に書きたいと思う。

Netflixで出会えるジャック・ネオ作品

 驚くべきことに、ネオの作品の多くは現在Netflixで視聴可能となっている。
 シンガポールでの生活に疲れてしまった…
 どうしてシンガポール(人)ってこうなの…
 
そんな時は、ネオのドタバタコメディを観て笑い飛ばしてしまおう。以下、9月15日(日)の時点で視聴できる作品:

物々しいシンガポール映画との思いがけない出会い

 ところで、シンガポール映画を検索していたら、
「Inside Maximum Security」(2022年)
「Beyond Maximum Security」(2022年)

なる物々しい作品を発見。

日本人初の鞭打ち刑が確定となった今、めっちゃタイムリー…

 Netflixは元々、犯罪をテーマにしたドラマやドキュメンタリーの配信数が多いが、死刑の多いチャンギ刑務所の内部、しかも最高警備区域(maximum-security section)に収容されている現役の囚人にインタビューした作品となると、観ないわけにはいかない。(完全に個人的な趣味)

参考:
・Singapore Department of Statistics「Singapore Population」
・明石書店「シンガポールを知るための65章」【第5版】第14章『言語と階層』より
・JETRO「シンガポールの関税制度」


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