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真夜中散歩
(今週のテーマ:真夜中の散歩)
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スマホとサイフ、家の鍵をポケットに入れ、まだ冷めきらぬ身体を外に出す。まだ乾ききらない髪の湿気を振るいながら、歩き始める。
白いTシャツに肌触りのよい短パンの寝間着姿だったが、日中の暑さからは一転し、すこし肌寒いぐらいだった。
自宅から徒歩9分歩いたところに、ひっそりと住宅街に溶け込むコンビニがある。そこでまずは食べたいアイスを買って散歩するのが、毎週休日のささやかな楽しみだった。
分刻みのスケジュールから唯一解放される休日のこの時間は、ちょっとした背徳感を感じながら、誰にも縛られない、「ながら散歩」を楽しむ。
最初はほんの挑戦の気持ちで外に出てみたが、今じゃすっかりそれにハマってしまった。
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コンビニを出てさらにまっすぐ歩くと、いくつか個人経営のご飯屋さんや居酒屋が通りに出る。
日にちをまたいだというのに、そう遠くないところから大きな笑い声が聞こえ、つくづく日本は平和だなあと感じた。
「眠らない街、東京」
手垢ベタベタの、いや、むしろ手垢がつきすぎて誰も触れなくなったキャッチコピーを、声に出す。
本当ならだれも見えない道の真ん中で、思いっきり叫びたいぐらいだった。深夜におとずれるこの謎のテンションに名前をつけるなら、一体なんと名付けるのだろう。
まるで今まで繋がれていた鎖が外れたかのような、SFにありがちな封印された何とやらが現代によみがえった!なんて感覚と近いのかもしれない。
とにかく散歩をしている間は、どことも繋がってない空間を歩いているようで、なんだかとても自由な気がした。人目を気にせず何者かになれる、唯一の時間だった。
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毎日見慣れているはずの景色も、ヒトが眠り始めると、途端に変わった顔つきになる。今にも消えそうな街灯に、無機質にそびえ立つ電信柱。
急にそれらが存在感を放ちはじめ、自分の目の前に立ちはだかる。さっきまでの高揚感はどこへ行ったのやら、とつぜん孤独に苛まれ、とても悲しくなった。
みずから望んで独りになったのに。まだ左手にかすかな体温を感じる、そんな自分に嫌気がさした。
現実逃避と言ってしまえばそれまでだけど、真夜中の散歩は、ぼくにとっての心のデトックスだった。なにかを吐き出しては、全てを空っぽにするのだ。
心があっちにいったりこっちにきたり、相変わらず忙しいけれど、それを含めてのココロデトックスなのだ。
折り返し地点を過ぎたころには、すっかりそれは胸の奥に眠っていた。
散歩のラストは近くにあるビデオ屋さんに立ち寄るのが決まりだ。そのときに注ぎたい感情にぴったりな映画を借りるのが、真夜中の散歩の締めだった。
さあ、今日は何を観よう?
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