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横断幕を「創る」男のオフシーズン〜スタジアムを彩るクリエイターの舞台裏〜

選手の退団や引退によって、あるものも同時にスタジアムから姿を消す。

それは、横断幕だ。

スタジアムの壁や手すりに張られた横断幕。殺風景なコンクリートや無機質な構造物をチームカラーへと変え、ホームゲームの雰囲気を作り出す。選手の名前、選手を鼓舞する言葉や絵は、時にそのチームの象徴や名物として語られる。

Honda FCの本拠地、都田サッカー場の横断幕

長く使われて親しまれる横断幕がある一方で、選手の名前が刻まれた横断幕は選手と共にひっそりと退く運命にある。

選手に両親がいるように、横断幕にも製作者がいる。手塩にかけて作り、スタジアムに何度も掲げた横断幕を、次のシーズンからは披露する場が失われる。選手の引退は当然悲しいが、横断幕の引退もそれと同じくらい悲しいことなのだ。

なぜそんなことがわかるのかって?
それは、私も横断幕クリエイターの一人だからだ。

私はさかまき。JFLに所属するサッカーチーム、東京武蔵野ユナイテッドFCを応援している男だ。あるときは遠征に赴き、あるときは山に上り、あるときはサウナに入っている私だが、実は選手の横断幕を作るクリエイターとしての顔も併せ持っているのだ。

サッカー観戦を趣味としている人は多いだろう。しかし、横断幕やゲートフラッグを自作している人は意外にも少数派ではないだろうか。激レアさんとまでは言わなくとも、ノーマルレアくらいのレアリティではないだろうか。

そこで今回の記事では、そんな知られざる横断幕の世界について紹介したい。

ある試合の武蔵野ゴール裏の様子。私の横断幕もこの中にある。


シーズンオフはクリエイターの季節。

横断幕クリエイターにとって、シーズンオフは一年で一番大切な時期だ。

まず、その年酷使した横断幕を掃除し、綺麗に畳んで保管しておく。この選手は今年頑張ったなあ、来年もまたスタジアムで見たいなあと思いながら押し入れにしまうのだ。そして、その年頑張った選手や印象に残った選手の横断幕を作ろうと胸に決めるのだ。

次に、毎日流れてくる選手移籍情報に一喜一憂する。もちろん選手の移籍や引退は誰であっても寂しく辛いものだが、横断幕を作った選手や、次シーズンまでに新しく横断幕を作ろうと考えていた選手の移籍情報には特に敏感になる。ちなみに武蔵野ユナイテッドは例年契約更新情報が新体制発表のタイミングまで一切明かされないので、サポーターはそれまで選手が移籍するかもしれないという不安で夜も眠れない。

いや、武蔵野サポーターたるものJリーグを断念したりしなかったり、チーム名を変えたり合併してみたり、意識高い系な将来構想のリリースを出してみたりと毎年起こるお騒がせを笑って過ごせるくらい強い心を持たないとやっていけないのだ!!社会人チームなんだから、せめて元日か年頭営業日に新年の挨拶くらいはしてほしいけどね!!!


そして新体制が決まったら、いよいよ製作に取り掛かる。男一人で行く手芸店へ入る気恥ずかしさを、君は感じたことがあるだろうか。一歩足を踏み入れれば、所狭しと布や糸が並んでいる。この季節は新入学フェアで、小学校に入学する子供がいるのであろうお母様が手提げ袋や給食袋を作る用の生地を選んでいる。緑と黒の市松模様が流行っているのか……。などと最近のトレンドをひしひしと感じつつ、紺色の布をメートル単位で買うのだ。その次は画材店で絵の具を品定め。こちらも普段は接点がなさそうな芸術家肌の中を分け入って、同じ色の絵の具を大量に購入する。

試合のないこの時期だからこそ、まとまった製作時間が捻出できる。冬の移籍市場をストーブリーグと呼ぶことがあるが、ストーブの前で横断幕制作に勤しむ我々こそ、この時期の主役といっていいだろう。


私が横断幕を作り始めた理由

今でこそ毎年のように横断幕作りに勤しむ私だが、元々手芸を趣味としていたわけでもなければ、美術の成績が良いわけでもなかった。次はそんな私がサポーターから横断幕クリエイターへとジョブチェンジした理由を紹介しよう。

それは私が武蔵野シティを応援し始めた頃に遡る。

私が本格的に武蔵野を応援し始めたのは、ちょうどチーム名が「横河武蔵野FC」から「東京武蔵野シティFC」変更になった時期だった。もともと地元チームということもあって気にかけてはいたが、チーム名が変わりJリーグも目指すことをきっかけに現地観戦をするようになった。さらに決定打になったのは、仕事の打ち合わせ相手がたまたま武蔵野の選手だったからということだろう。平日にスーツを着ていたあの人が、休日にユニフォームを着てピッチの上でゴールを決めている。初めてサッカー選手が自分の世界と地続きにいるのだと感じた瞬間だった。

武蔵野のホームグラウンド、武蔵野陸上競技場。訪れたことのない人は、ぜひ試合観戦に一度足を運んでみて欲しい。東京都心にもまだまだこんな牧歌的な雰囲気の場所が残っているんだと感動するはずだ。このスタジアムでは鳴り物応援が禁止されているし、禁止されているわけでは無いが90分間飛び跳ねているようなサポーターの姿もない。しかし派手な応援がないだけで、観客席には他のチーム同様にサッカー好きが集まっている。その証拠に、好プレーやピンチでは選手を称えたり、鼓舞するような拍手が誰からともなく鳴り始めるのだ。

そういった雰囲気は私が応援を始めた当時も同じだった。さらに、当時は他のスタジアムでは当たり前だと思っていたあるものが、ほとんど見当たらなかったのだ。

それは、横断幕だ。

チーム主導で製作された「武蔵野からJリーグへ」「武蔵野魂」といった幕の他には、観客の作成した幕がちらほらとあるだけだ。もちろん横断幕がなくても試合開催に何ら問題はないし、Jを目指すと言っても「全選手の1/3以上の横断幕を掲載しなければならない」とJ3ライセンスの条件にあるわけでもない。一方、アウェイチームの応援席に目線を移せば、賑わうように貼られた色とりどりの横断幕。選手それぞれの名前が書かれている。その差は歴然だ。


私はこの風景を、少し寂しいと思ってしまった。

試合を見に行くたびに、感じる一抹のホーム感の薄さ。それは、観客ではなく武蔵野というチームを当事者として応援する気持ちが強くなったからこそ感じるようになったものだろう。「運営がもっと頑張れよ」ではなく、自分に何かできることはないだろうか。その気持ちこそが、クリエイターとしての第一歩だったのかもしれない。

そして私が達した結論が、選手の横断幕作りであった。

どうすれば、ホームっぽさを出すことができるだろうか。鳴り物が使えるわけではない、サポーターがいきなり増えるわけでもない。しかし、一人でも横断幕を作ることはできる。枯れ木に花の賑わいではないが、横断幕が張られていることで少しはホームっぽさが出せるのではないだろうか。武蔵野陸上競技場に通い始めて2年が経った頃、私はサポーターからクリエイターへとジョブチェンジをした。

それからというもの、毎年少しずつ時間を見つけては選手の横断幕を作成し、ホーム戦を中心にスタジアムに張るようになった。現在では私の他にも横断幕を作るサポーターが増え、スタジアムの壁もいささか賑やかになってきた。

たまたま応援しているチームに横断幕を作るサポーターが少なかったから、という理由から始まった私のクリエイターライフ。次の章からは、もう少し深い横断幕の世界について掘り下げてみよう。

ここからは、有料部分とさせていただきます。
有料部分では、具体的な横断幕の作り方や横断幕にまつわるお話を紹介しています。
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