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1800年代の「トンネル」と「隧道」について当時の辞書を参照した
※ 2025年1月14日追記
※ この記事は下記の動画、及び記事の内容を把握された前提の記事になります。
1800年代の辞書を調べてみた
別件で広辞苑 第二版補訂版第二刷 (昭和52年10月20日発行) を参照していた時、上記の記事を思い出したので該当の単語を引いてみました。
トンネル【tunnel】
①鉄道・道路・水路などを通すための山腹・河底・海底もしくは地下に貫く通路。隧道。②野球で、ゴロの球を股間から取り逃すこと。
すいどう【隧道】
①墓穴に通ずる道。はかみち。②地中をうがって通じた道。あなみち。トンネル。ずいどう。
まあ新しい発見はないよね……。
ただ「そういや明治時代にも辞書はあるんだろうし、せっかくだから一覧表でまとめて見るか」程度の思い付きも出たので、調べたのがこの記事です。
調べた全辞書のデータは下記のスプレッドシートから。ここではいくつかピックアップしておきます。
1862 英和対訳袖珍辞書
明治以前(文久2年)。Tunnel を「地下ノ通路」と表現。
1867 改正増補 英和対訳袖珍辞書
明治以前(慶応3年)。Tunnel より先に countermine にて「隧道(敵ノ火坑ヲ防グ爲ニ堀ル) 」と表現することで隧道が出現。なお今後の他の辞書でも countermine の説明はこの表現でほぼ一貫している。
1869 和訳英辞書
明治2年。countermine 説明文の隧道に「ツイドウ」というルビが振られる。
Tunnel は「地下(チゲ)ノ通路(ツウロ)」で隧道表記なし。
※ 2025年1月14日追記
1871 通俗英吉利単語篇 下
明治4年。A tunnel を「隧道(地中の通路)」と訳す。ルビは「スイダウ」。
同見開き内に掲載されている他の単語は蒸気機関車関連の単語が多く、 tunnel も蒸気機関車関連の単語としてまとめられた可能性?
※ 2025年1月14日追記終わり
1873 附音挿図英和字彙
明治6年。Tunnel に「隧道」が追加。ルビは「ホリヌキミチ」。
countermine でも引き続き「隧道」が使われており、ルビに「スイドウ」と記載。
1881 五国対照兵語字書 〔本編〕
明治14年。軍用語として Tunnel を「隧道」と表現。
countermine は「逆坑」と表現しているが、辞書上の表現としてはここのみ。今日では countermine を「坑敵坑道」と和訳するそうだが、こちらのほうが近そうではある。
1886 和英語林集成 三版
明治19年。和英の方で、初版と再版には無かった TONNERU が掲載、ルビは「トン子ル」で英語だと解説。
英和の方には TUNNEL が掲載されており「Ji no shita no kayoi michi, anamichi, horamichi」と解説される。
1890 言海 : 日本辞書 第3冊 / 1891 言海 : 日本辞書 第4冊
明治23~24年。第3冊に すゐだう 、第4冊に トンネル の単独項目がそれぞれにある。
すゐだう の解説文が簡素な一方、トンネル の解説文は比較してかなり詳しい。
1893年の日本大辞書でも同名項目、似た解説あり。
補足 中国の辞書
1716年の康熙字典に 隧 が掲載、解説文は「墓道也」と記載。
隧道 という単語自体は「自然由来のトンネル」と「墓道」の意味として500~600年代の書物で確認出来るらしい。
独自研究
以下は独自研究です。
Tunnel よりも countermine で先に隧道表記が採用されている件
兵法として「地下から穴を掘って攻め込む」という戦法が明治時代以前からあったらしく、隧道=地下道と考えた場合、当てはめやすかった?
「地下から穴を掘って攻め込む」という戦法は、戦国時代にも主に攻城戦において「もぐら攻め」と呼ばれていたらしい。
武田信玄はトンネルを掘ってお城を落とした!?ー 超入門!お城セミナー【武将】
https://shirobito.jp/article/1272
なお近現代の軍事用語としての Tunnel は、ベトナムのクチトンネルに代表されるような「地下を通じて各施設を繋ぐ通路」を指すらしい。
mineは「坑道」とされ、行き止まりもあるなど必ずしも通路としては繋がっていないとか。
築城関連用語英和
https://oldbattlefield.web.fc2.com/Appendix_4.html
明治20年前後の Tunnel と 隧道 の関係について
和英語林集成 三版の和英にて TONNERU が単独で採用されるほどトンネルが浸透している一方、隧道の項目はない。(同じ読みの「ス井ダウ(水道)」は掲載されている)
言海と日本大辞書の「トンネル」「すゐだう(隧道)」それぞれの解説文章量を見るとトンネルの方が多く、「トンネル」が主で「すゐだう(隧道)」が従の関係に見える。
上記2つから判断すると、この頃は「トンネル」の方が「すゐだう(隧道)」よりも一般的に使われていたのではないか。
そのために隧道と書いてトンネルと読むこともそれほど変な事ではなかったのかもしれない。
他に似た体裁で「ステエシヨン」と「ていしやぢやう(停車場)」の項目があり、こちらも「ステエシヨン」が主で「ていしやぢやう」が従の関係に見える。
補足:明治時代の外来語の取り入れ方法について研究された資料によれば「停車場 (大ステーション)」というルビの振り方があったとか。
国際交流基金 - アルザス日欧知的交流事業 日本研究セミナー「明治」報告書
https://www.jpf.go.jp/j/project/intel/exchange/organize/ceeja/report/09_10/meiji.html
4. 明治時代の文学作品における外国語・外来語の使用
アンカ・フォクシェネアヌ 【PDF:249KB】
明治時代以前の日本で「隧道」はどう扱われていたのか
しらべるぞ! 2.『隧道』という言葉はいつから『トンネル』という意味で使われ始めた? について。
「地下通路」説
Tunnel より先に隧道が出た countermine では「地下通路」のニュアンスで使われているように見えるが、もしかしたら明治以前は「地下通路」の意味で 隧道 が使われていたのかも?
ロンドン視察に行った福沢諭吉が河底トンネルであるテムズトンネルを日本で紹介
→ トンネルを「(河底の更に下を通る)地下を掘られた通路」と判断。訳語として「地下の通路」の意味がある隧道を当てはめる
→ トンネルには地下以外にも山腹を掘っているものがたくさんある。結果、隧道の持っていた「地下」の意味が曖昧になり「掘られた通路」要素が重きになって今日のトンネルの訳語としての 隧道 のニュアンスになった?
countermine が軍事用語なのもあるが、例えば「もぐら攻め」が行われた戦いの記録、「もぐら攻め」の戦術をまとめた兵法書などの戦闘の記録や軍事関連資料を探ってみてもいいかもしれない。
辞書は奥深い
という感じで、調べるだけ調べた結果になります。
検索して目についた明治時代の辞典を手当たり次第に国会図書館デジタルで検索、確認しただけですが、なかなか面白い体験でした。
思えば明治時代の辞書を真面目に引くって体験、人生で初めての経験ですね……。
今回の辞書引きが後続の何らかの手助けになれば何よりです。