「持続可能な観光」を学ぶには
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「持続可能な観光」(sustainable tourism)への関心が世界的に高まっています。SDGs(持続可能な開発目標)の認知度の高まりと共に、「持続可能性」を意味する「サステナビリティ/サステイナビリティ」(sustainability)という語も一般的に用いられるようになっています。が、「持続可能な観光」に取り組む場合、何から学べばよいのでしょうか? 本稿では、主に観光地域づくりや観光地経営(Destination Management & Marketing)に取り組む、または取り組もうとする個人が参加できる研修や取得できる資格について紹介します。
「サステナビリティ」概念の起源を知る
私の専攻の一つが、国際関係学でした。個人的な机上の学問としては、2015年に採択された「Sustainable Development Goals」(持続可能な開発目標)よりも、2000年に採択された「MDGs」の方が身近だった記憶があります。MDGsとは「Millennium Development Goals」(ミレニアム開発目標)の略で、8つのゴール、21のターゲット項目からなる2015年までの国際的な開発目標でした。1日1.25ドル未満で生活する極度の貧困人口を2010年までに1990年比(開発途上地域人口の47%)で半減、2015年には1/3(47%→14%へ)まで減少させるなど、2015年の最終報告書では「これまでで最も成功した貧困撲滅のための取組」だったと評価されています。
しかし、紛争による難民問題、ジェンダー間の不平等、温室効果ガス排出量の削減など、未達成の目標もありました。そこで、2030年に向けた新たな開発目標として、SDGsが2015年に採択されます。MDGsで未達成の課題に加え、新たに顕在化した環境問題や社会課題にも対応するため、17の目標と、それに紐づく169のターゲット、232の指標が定められました。また、MDGsの取組主体は国際機関や各国政府、開発対象は途上国でしたが、SDGsでは民間企業や非営利団体、個人や地域といったより幅広い参画を求め、途上国に限らずグローバルの課題解決が目指されています。
一方で、「サステナビリティ」概念の登場は、MDGsやSDGsよりもさらに歴史を遡る事が出来ます。環境問題が初めて各国政府間の国際会合の主題となった1972年の「国際連合人間環境会議」(The United Nations Conference on the Human Environment、通称「ストックホルム会議」)など、いくつか起源を辿れるそうですが、本稿では「ブルントラント報告書」(Brundtland Report)による定義を紹介します。
1981年に女性として初めてノルウェーの首相となったグロ・ハーレム・ブルントラント(Gro Harlem Brundtland)は、1983年から1987年まで「環境と開発に関する世界委員会」(World Commission on Environment and Development, WCED)で委員長を務めました。この委員会がまとめ、1987年に出版された『Our Common Future』が通称「ブルントラント報告書」です。その中で、「持続可能な開発」(sustainable development)は「将来世代のニーズを損なうことなく現在世代のニーズを満たすこと」と定義されています。とても簡潔で様々なセクターや産業に応用できる定義です。
さらに見ていくと、大きく3本の柱によって、「サステナビリティ」は構成されているとされます(参考:“the three pillars of sustainability”で検索)。「社会」(social)、「経済」(economic)、「環境」(environmental)です。「政治」や「技術」など他にもありそうな気もしますが、重要な事は、相互作用する複数の要素で「サステナビリティ」の概念や枠組みが構成されているということで、「持続可能な観光」も例外ではありません。
「持続可能な観光」のトリプルボトムラインを理解する
これら3本の柱は、「持続可能な観光」においても、トリプルボトムラインとして重視されています。「環境」、「社会文化」、「経済」の順で観光との関係性を整理します。
環境の持続可能性
「環境」の持続可能性は、自然資源の枯渇や劣化を防ぎ、長期に渡って自然環境と人間の共存を可能にするための相互作用をもたらします。温室効果ガスの排出量削減や使い捨てプラスチックの廃止などは、観光産業全体の優先課題となっています。また、野生の動植物が人間と共存(あるいは棲み分け)できる環境を守ることも重要です。観光地に外来種を持ち込まないようにし、その土地固有の生態系を保全・管理する取組もその一例です。
社会・文化の持続可能性
「社会・文化」の持続可能性は、人々の暮らしやコミュニティに対する所有者意識(“sense of ownership”)を高めることに貢献します。福祉や衛生など住環境に加え、社会的平等や多様性の尊重、包摂性など、有形・無形の両側面を念頭に置く必要があります。「社会・文化的に持続可能な観光」では、地域の習慣や伝統を尊重し、地域社会の起源や原点への誇りを高める事に繋がるような配慮が旅行者に求められます。
経済の持続可能性
「経済」の持続可能性は、人々の生活水準を向上させ、環境や社会文化的に悪影響を与えることなく経済活動を存続させることを意味します。それは単に GDP の成長を追求するにとどまらず、企業の社会的・環境的責任を果たすという事でもあります。世界観光機関(UNWTO)によれば、観光は全世界のGDPの約10%に直接・間接・誘発的に寄与し、また全世界人口の約10%が何らかの形で旅行・観光産業に従事しているとされるほど裾野の広い産業ですので、「持続可能な観光」は、“sustainable tourism”であると同時に、“tourism for sustainability”であるといえるかもしれません。
「持続可能な観光」の国際基準を学ぶ
では、「持続可能な観光」について具体的かつ体系的に学びたい方には、どのような方法があるでしょうか? 私が最初に着目したのが国際基準です。世界的な潮流を学ぶ以上、国際基準を知るのが手っ取り早いという考えからです。日本においては、観光庁が2020年6月に「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」を公表しましたが、このベースとなったのが、グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会(Glocal Sustainable Tourism Council, GSTC)が開発した国際基準でした。
GSTC Destinations Criteria(GSTC-D)
国際非営利団体であるGSTCは、持続可能な観光の推進と持続可能な観光の国際基準を作ることを目的として、2007年に発足しました。GSTCの国際基準には、観光事業者向けの「GSTC-I」(Global Sustainable Tourism Criteria for Industry)と観光地域向けの「GSTC-D」(Global Sustainable Tourism Criteria for Destinations)があります。いずれも世界で唯一、国連世界観光機関(UNWTO)の指示の下で開発された指標で、全世界150以上の団体との連携によって、その適切性がモニタリングされてきました。
いわば「基準の基準」であり、GSTC基準に沿って、例えば、Green Destinationsの認証制度も設計されています。ややこしいですが、GSTCが行うのは各認証制度が国際標準に沿っていることの“Accreditation"(認定)、Green Destinations等の認証団体が行うのは各観光目的地などが持続可能であることの“Certification”(認証)となります。一言でいえば、レイヤーが異なります。
特に、観光地域向けのGSTC-Dは、国連においても観光地が「最低限遵守すべき項目」と位置付けられ、加盟国での遵守が求められています。その項目は多岐に渡り、4つの分野、38の大項目、174の小項目が設定されています。
この全てを独学で学ぶのは、なかなか大変です。そこで、私が参加したのが、GSTC公式トレーニングプログラムでした。
GSTC公式トレーニングプログラム
幸いな事に、体系的に「持続可能な観光」を学びたいと思ってからすぐに、GSTC公式トレーニングプログラムに参加する機会が訪れました。令和2(2020)年度、観光庁が「日本版持続可能な観光ガイドライン」を運用するモデル地区を全国から募集、30を超える地域の中から選ばれた5地域の一つに北海道ニセコ町がありました。地元の方々に混じって、地域外から私も参加させていただきました。
プログラムは3日間、最初の2日は座学でGSTC-Dの4つの分野、38の大項目、174の小項目について、一つ一つ目を通していきます。ちなみに、4つの分野とは、以下の通り、持続可能性のトリプルボトムラインである社会・文化、経済、環境に、マネジメント(観光地経営)が加わったものです。ただし、社会は文化ではなく経済と統合され、文化が独立分野になっています。文化には歴史が紐づいても良さそうな気もしますが、国や地域によっては、戦争や奴隷制度など「負の歴史」を扱う難しさなどもあるのでしょうか。
持続可能なマネジメント(Sustainable management)
社会経済の持続可能性(Socio-economic sustainability)
文化の持続可能性(Cultural sustainability)
環境の持続可能性(Environmental sustainability)
そして、3日目、GSTC-Dの視点からフィールドワークを行い、実際の活用法について学んでいきます。ニセコ町といえば、パウダースノーに代表される冬のイメージでしたが、紅葉のフットパスを歩きながら羊蹄山を望んだり、有島武郎の小説「親子」の世界を追体験したりと、秋のニセコ町を堪能しながら、座学での学びを実地に落とし込んでいきます。
この3日間の公式トレーニングプログラムを修了することで受験できるようになる試験があります。それが、GSTC Professional Certificate in Sustaianble Tourismの試験です。英語のみの実施にはなりますが、それゆえ海外でも通用する共通言語としての「持続可能な観光」の理解度を測ることが出来ます。
GSTC Professional Certificate
この試験は、通称「STTP Exam」と呼ばれます。Professional Certificateというだけあって、選択問題だけでなく、1,000〜2,000語の論述問題がずらりと並びます。重視されるのは、GSTC基準を自らの地域や立場に適用した上で、具体性を持った回答が出来るかです。概念の理解など抽象的な説明も求められますが、具体の例示を欠くと減点対象になってしまいます。一つの問いで説明を求められる要素が多いため、規定の語数に収めるのに苦労するという事も少なくないかもしれません。
しかし、受験期間である研修終了後30日以内であれば、時間は無制限なので、実務の記憶を辿りつつ、資料なども参照しながらコツコツ解いていくことで、私は無事初回の受験で合格することが出来ました。参考までに、試験のみの場合の受験料は75米ドルです。3日間の公式トレーニングプログラム以外にも、4週間のオンラインコースを受講してから試験を受ける方法もあります。その場合、395米ドルとなります。
ただ、私が受験した2020年11月時点では75%以上で合格だったものが、2022年10月現在のウェブサイトでは85%以上で合格となっています。私のスコアは78%でしたので、今の基準であれば、不合格で再試験ということになっていたかもしれません。際どいところでした。
GSTC公式トレーニングプログラムとSTTP Examを通じて、「持続可能な観光」の国際基準に関する最低限の知識とロジックは理解しました。これでポスト・コロナの観光再開に備えようと考えていたところ、2021年に入ってもコロナ禍は継続。そこで、2021年の学習ターゲットとしたのが、Green Destinationsの企画・主催するProfessional Certificate in Foundations of Sustainable Tourism Destination Managementでした。
Green Destinations Professional Certificate
こちらも受験の前段階で、4週間のオンラインコース「Sustainable Tourism Destination Management」を受講・修了する必要があります。受講料は367.50ユーロで、別途試験の受験料40ユーロがかかります。Green Destinationsの本拠はオランダ・ライデンという事もあり、ワークショップ形式のライブセッションは日本では日付の変わる時間帯での開講です。真面目に出た方が学びは深いかもしれませんが、私は翌日に響くので、1回目にライブ出席した後はアーカイブ視聴に切り替えました。テキストとレクチャー動画共に良く出来ているため、試験に合格するだけならそれでも充分かと思います。
○参考:Sustainable Tourism Destination Management (Sept 20-Oct 15, 2021)
https://greendestinations.org/product/gd-t1-200921/
講義の構成は以下の通りです。
Module 1: Introduction to Sustainable Tourism
Lesson 1: Understanding Sustainability
Lesson 2: Tourism for Sustainability
Module 2: Sustainable Destination Management
Lesson 3: Destination Management
Lesson 4: Standards and Certification for Sustainable Tourism
Module 3: Lessons from the Green Destination Standard
Lesson 5: Destination Management
Lesson 6: Nature and Scenery
Lesson 7: Environment and Climate
Lesson 8: Culture and Tradition
Lesson 9: Social Well-Being
Lesson 10: Business and Communication
世界各地の持続可能な観光に関する取組事例が豊富で、網羅的に「持続可能な観光」を学びたい方だけでなく、観光地域づくりや地方創生に関わる実務者にもそれなりに参考になる内容ではないでしょうか。
一通り受講を完了すると修了証が発行され、希望者は理解度を試すために、Sustainable Tourism Destination Management Certificate Examを受験することが出来ます。先に述べた通り、受験料は40ユーロで75%以上の得点で合格です。私が受験した2021年は、15問の選択問題と5問の論述問題で構成されていました。こちらも86.5点で合格する事が出来ました。
まとめ
今回は、主に観光地域づくり、観光地経営の視点からの「持続可能な観光」の学び方のあくまで一例をご紹介しました。もう一つ、旅行者として、旅行事業者として、「責任ある旅行者」(Responsible Traveller)である事を推奨する流れも「持続可能な観光」同様、世界的な潮流となっています。ですから、「持続可能で責任ある観光」(Sustainable & Responsible Tourism)といった方が正確かもしれません。
実際、観光地向けの認証制度(Green Destinationsはこちら)だけでなく、Travelifeなど観光事業者向けの認証制度もあります。観光というものは、非常に裾野が広い産業であることには先に触れましたが、「持続可能性」という共通言語を持つ事で、観光を入り口とした異業種連携や新規事業開発等、ビジネスチャンスも広がるかもしれません。観光は、誰もがそれぞれの立場で物語の主役になる事が出来ます。また機会があれば、別の視点からの「持続可能な観光」の学び方もご紹介できればと思います。
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