郵便ポスト

2週間ほどポストを開けていない。

というのもよくわからないマッサージやらピザのチラシが入りまくっていることが目にみえているので開けるのが億劫になっているのだ。

前住んでいた家で「チラシを入れないでください」というシールを貼ってみたのだが、効果絶大で全くチラシが入らなくなったことがある。しかし、それを作ってる余裕も今はなく、チラシの中に料金の支払い票が混ざってしまって滞納してしまうのが常だ。

突然なぜこんなことを書いているのかというと、どことなくうちのポストと今の心情が似ているような気がしたから。誰かへの気遣いや、心配事が遠慮なしに入ってきて大事なものが埋もれてしまっている。

そしてその大事なものを見つけることさえも億劫になってしまうのだ。
どこかのタイミングで「入れないでください」と煩悩と大事なものとをピシッと線引きをする必要がある。でないといつまでたっても、大切なものを見落としてしまう気がする。

私はよく正直者だと言われるのだけど、案外自分の痛みには鈍い人間だったりする。身体的にも精神的にも。

身体的にというとドMな感じになってしまうが、小さな痛みであればそこまで痛みとして認識しない。沸騰しているお湯が足にかかっても、ペンで手の甲をさしても「ああ、痛いなあ」くらいにしか思わないし、どこかでその痛みを楽しむ傾向にある。

精神的にいうと、私はよく泣く方ではあるしすぐに「しんどい」と口に出してしまうけど、深刻な精神的疲労ほど気づくのが遅い。

大学生の頃、英語ディベートの部活に入っていたのだが、部活内の揉め事に頭を悩ませていたことと、徹夜で大会の資料作成をしていたことが原因で「メニエル病」にかかり、左耳の聴力を失くしたことがある。

幸い1ヶ月ほどで聴力は戻ってきたが、そこまで部活での出来事が自分の精神を蝕んでいたということに病気になるまで気づかなかったのだ。

メニエル病の原因というのはいわゆる「ストレス」らしい。

左耳の三半規管がおかしくなったことで、平衡感覚がバカになり、歩くこともままならなかったあの頃に戻りたくはないが、再発してしまう病気らしいのであまりストレスをかけないような生活を心がけようとしている。あくまでしている、だが。だってそれって生きていく上ではなかなか難しいことじゃないか?

今までは悩み事があれば文章、もしくは心の中で呟くことが多かったのだが、昨日は人生で初の試みで一人で口に出してみた。

真っ暗闇のベッドの上で、今の自分が何を嫌に思っているか、不安に思っているか口に出してみた。

すると、何かがのりうつったかのように口が止まらず、怒涛のごとく悲しみや怒りの言葉が出てきた。その口調が普段の自分ではなく、最近よくみている高校生Youtuber「ももはは」ちゃんの口調だったのは笑ってしまったが。

口から出てくる不安や怒り、悲しみに自分でもここまで溜め込んでいたことに驚きつつ、その後頭が痛くなるほど涙が出て嗚咽が止まらなかった。

ここ最近の風潮なのか、泣いたり感情的になると「メンヘラ」という言葉で片付けられるがあれってなんなんだろう。人間としての、怒りや悲しみがあるのは普通なのに、それが少し出るだけでメンヘラになってしまう。うるせえな全く。と思いつつ予防線として「メンヘラ」という言葉を使っているのは自分自身だったりする。

あー、この文章の中で一体何回「自分」って書いただろう。

いつも文章を書くときに気づいているのに、見て見ぬ振りをしているのが、「自分」という言葉を多用してしまうこと。

自分のことしか考えていない人間なのか、文章を書くときは自分と向き合うからなのか。

まあ、私は私でしかないから仕方ないのかもしれない。


くそう、圧倒的に血が足らないクラクラする。こういう時くらい優しくされたい。


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さどまち
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