大人になってからの「ごめんね」
「あの時はあんなこと言っちゃってごめんね」
少し空気が陽気になってきた3月上旬。会社の近くのカフェへ社長から呼び出され、開口一番に謝罪の言葉をうけた。
はて、なんのことやら。
と一瞬思ったのだが、会社を辞めることを伝えた3日後のことだったので思い当たるものがそれしかない。すぐに思い浮かんだのは、以前同じカフェ、同じ席で社長に言われた言葉だった。
『さどさんの企画はリアルがないよね。同期で入った2人は伸びてるけどね〜』
私は本業では遊園地へ新規のアトラクションやイベントの企画提案をする仕事をしている。基本的にコンセプトからレイアウト、そしてコンテンツの提案をしているのだが、元々テーマパークが好きだったので企画を作るのはすごく楽しくて面白かった。
だけど社長が言う通り、同じ時期に入った同僚とはまるで仕事をこなせる量が違った。
当時この言葉をうけた私は文字通り、ず〜〜〜んっと落ち込んでしまった。自分って無能なんだなあとか、同期と比べてダメダメなんだなあ、と言葉通りそのまま受け止めていた。
ゆとり的思考と言われたらそこまでなのだが、私は叱られたりしても「なにくそっ」と燃え上がるタイプではなく、むしろ落ち込んで徹底的にやる気をなくしてしまう。
今思えば同期といっても2人とも30代で、元ディ○ニーや有名作家の元で長年働いていた人たちだった。別職種から第二新卒、1年ちょっと働いたくらいの私が比較してひどく落ち込む相手でもなかったかもしれない。
幸いにも、この出来事の後に億単位の仕事が取れたため、なんとか自己肯定感の糸が切れずに働くことができたが、あの時の社長の言葉は針のようになって、時々チクっと心臓を刺すようになった。
「ごめんね」
なんて大人になって、大人に言われるとは思わなかった。とっさに針になってしまったあの言葉を思い出したけど、正直もう時効だったし、なんの経験もない私を雇ってくれたことに今では感謝しかない。
「そんな、そんな……、気にしてないです」
と首をふって、ホットココアを少しだけ口に含んだ。甘く、とろみのあるココアが口の中を占領する。
思えば社長は定期的にカフェへと私を呼んでくれていた。
毎回社長はエスプレッソ、私はホットココアを頼んで、仕事のことや家族の話を聞いてくれていた。年齢でいうと私の祖父くらいにあたるが、いつも優しく穏やかで、この人の元で働けることを何度感謝しただろう。
辞めると伝えたときに言われた「この半年で随分伸びたので正直おしい」というその一言だけで、それだけで十分だった。
始まりも大事だけど、きっと終わりも大事。
出社最終日まで、自分ができることを少しでもできたらと思う。