小さい秋みつけた
小さい頃、おばあちゃん先生のやっている小児科に通っていた。
木造住宅の一階が小児科で、二階はたぶんおうちだったのだと思う。キビキビしてるけど優しい先生で、待合室には「小学〇年生」「ようちえん」などの雑誌や絵本がたくさん置いてあったので、私はお医者さんに行くのが好きだった。
かなり古い木の建物で、窓がくもりガラスだったのを覚えている。私はそのくもりガラスを見て、小さい秋みつけたの「お部屋は北向き くもりのガラス」という歌詞が、「北向でどんよりした曇りの空が見えるガラス窓」のことではなく、この世には「くもりガラス」という種類のガラスが存在し、この歌はその「くもりガラス」のことを歌ってるんだ、と知ったのだ。
記憶の中の待合室は細長くて、ベンチには小さな子供たちが座っている。元気のない子は目をつむって隣のお母さんのお膝に頭を乗せて、比較的元気な子は目をきらきらさせながら木箱の中の絵本を選んでいた。お母さんと体調を悪くした幼児だけがぎっしり詰まった、この世の心配といたわりと慰めをぜんぶ凝縮したような空間だった。柔らかくて繊細で脆くって、淡くて寂しい。そんな思い出を、西を向いた窓から差し込む、くもりガラスを通したあかねいろの陽が、やさしく照らす。
その小児科は私が大人になるよりずっと前に閉まってしまい、今は建物は廃墟になっている。小さな庭には植物が思いのままに繁茂して、初夏には山吹の黄色い花が、錆びたフェンスの向こうからこぼれるように咲いている。秋にはさんざしの燃えるような赤い実が。かつてこの病院に集まっていたたくさんの子供たちのかわりに、のびのびと思いのままに過ごしている。
私は、この小さな廃墟が好きだ。
今でも蔦のからんだ木の建物の、封鎖されたドアを開けたら、あの頃のお母さんと子供たちの幻が見えるかもしれない。ような、気がして。年々みどりに飲まれていく木の家を、ずっとずっと、見守っている。
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