生産性が上がらない一因
日本で生産性が上がらない理由は、複合的かつ重層的なので、一言では語りつくせないです。
そのため今回の記事でも、ごく一部の断片を切り取っただけのお話になります。
私としましては、
見積無料の文化
が、日本の労働生産性を引き下げる要因の一つになっていると考えています。
なお、見積には二通りありまして・・・
販売側の規格品に関する見積
顧客側の要求仕様に合わせた見積
があります。
前者の場合、見積無料としていても労働生産性は、ほとんど下がりません。
後者の場合、影響範囲が大きくなればなるほど国全体で労働生産性を引き下げていくことになります。
前者の代表例は、自動車ディーラーの見積です。
顧客から、車種(グレード)、オプションの要望を聞き取り、その場で積算して御見積書を提出しています。
この作業が簡単に行なえるのは、仕様や価格が決まっているものを足したり引いたりするだけで見積書が作成できるからです。
一方、後者の代表例としては、下請け製造業の見積が挙げられます。
顧客からの図面(仕様)に合わせて、フルオーダーで見積書を作成します。
まずは、材料の見積。
規格の在庫品なら単純計算ですが、めったに出ないサイズのものだと全国の在庫検索や新規成形等も検討しなければならなくなります。
トラックに積載しにくい大型品の場合、搬送ルートまで地図を片手に計算していかないといけません。
特に厄介なことになりやすいのが、地上高です。
ルートを想定する際、橋桁にぶつけたりしないかどうか? は、よく検討される事例です。
(電車の車両なんかは、夜間通行止めして回転半径を算出した特殊ルートで運搬していますね。さすがにあそこまでいくと、とんでもないレベルになります。)
で、加工の見積ですが、顧客の提示する仕様や形状は千差万別です。
板金なのか? 溶接なのか? マシニング加工なのか? といった工法選択や、カッターパス(刃物の軌跡)や、加工後の変形による精度への影響、安定した品質保証のための施策の検討等々、様々な角度から検討し、積算を行なっていきます。
他には表面処理(塗装や焼入れ、アルマイトやメッキ)
自社でやるところ、他社でやるところ、様々にあります。
外観品質や吊りバランス、液だれ回避等々、検討すべきことは多々あります。
これらを詳細に精査した上で、見積書を作成することになりますので、数時間とか数日間の時間を要することになります。
でも、前者も後者も
相見積
により比較検討をされてしまうため、見積が空振りに終わることがあります。
そして、残念なことに空振りの確率が高いのは、手間暇のかかる後者。
フルオーダー見積の方なのです。
前者の場合、顧客には コレが欲しい という欲求があります。
比較対象になるのは、 コレに近い ものです。
ですから、そもそも多くの見積を取ることは少ないです。
私も自動車を購入した経験が数回ありますが、いずれの場合も、「グレード」と「オプション」の比較ぐらいであり、他社の車の方が安いからという理由で断ったことがありません。
※)もちろん、他社車種との比較で購入する顧客は存在します。
前者の場合、基本的には唯一無二です。
代替できる商品といっても類似品であり、完全代替品ではないです。
一方、後者の場合は違います。
顧客が求めるフルオーダーに応える商品なわけですから、完全に代替が効く商品ということになります。
違いといえば、価格だったり、納期であったり、担当者の対応ぐらいです。
となると、いくらでも相見積の数を増やすことが可能になりますし、選り取り見取りで選択が可能になります。
インターネットの普及もあり、日本全国津々浦々の企業から見積が取れます。
簡単な算数で考えてみましょう。
一案件の見積に10時間かかるとします。
そのうち受注して見積コストを回収できるのは、1社の10時間分だけです。
となると、相見積で3社に見積を依頼すると・・・
日本人の労働時間は
10時間x3社 - 10時間x受注企業1社 = 20時間
失われることになります。
失注した企業は、タダで働いていることになりますので。
我が社の場合、年間150案件ぐらい見積計算をしております。
上記の設定で考えると、年間時間数でいえば1500時間です。
3社均等に受注したとすると、受注率は33.3%となります。
つまり、1000時間分は未回収となってしまうわけです。
こんな会社が数十万社単位で存在するわけですから・・・
1000時間x数十万社=数億時間のロス
が発生していることになるわけです。
企業規模でいえば我が社より大きいところは一杯あります。
そう考えると、日本全国で数十億時間単位、ひょっとしたら数百億時間のロスがあるでしょう。
チャージを3,000円で考えたとして、日本全国で 3兆円~30兆円の損失 が発生していると考えられます。
GDPの0.6~6%が見積無料の影響で消失
していることになるわけです。
※)数字は適当ですので信憑性は無いのですが。。。
じゃあ、見積を有料化すれば? という感想が出て来ると思います。
が・・・日本全国で一斉に法規制をかけるぐらいのことをしなければ、難しいでしょう。
各企業がバラバラで見積有料を導入したら、見積無料の企業に見積依頼が殺到してしまい、競争上不利になるからです。
海外でも見積は無料だったり有料だったりとバラバラですが・・・
一定範囲の手間暇を超えると判断される案件については、見積有料が鉄則になっています。
無償サービスで出来る範囲までは無料見積に応じてくれますが、それを超えると判断されれば、先払いで見積費用を支払わない限り、見積してくれません。
この辺り、文化として根付いているか? 根付いていないか? の差だと思います。
日本では、おもてなし(無償サービス)が当然とされています。
ですから、海外のようなチップを支払う文化についていけません。
日本人だと、サービスって正規料金の中に含まれてないの? と驚くはずです。(私も初めて聞いた時は驚いたクチです)
が、労働生産性の上昇 や 賃金の上昇 を日本社会全体が望むのであれば・・・
見積の有料化規制は必須
になるのではないか、と思います。
でも、政治家や官僚の皆さんは、現場経験が無いでしょうから、こういうところにメスを入れることはしないと思います。
経団連のような大企業サイドも相見積システムの都合上、見積有料化には反対するでしょう。
ということで、この分野での待遇改善に伴う労働生産性の向上や賃上げは見込めないのだろうな、と思っております。
ただ、見積無料の影響で日本のGDPが失われ、労働生産性が下がっているというのは、数字はともかくとして本当のことです。
これをどう受け止め、どう行動するかは日本国民一人一人の判断次第です。