一個流しの落とし穴
このお話も、製造業では、あるあるなんですが、
一個流しとロット流し どちらが効率的?
という命題があります。
一時期、「一個流し」が生産革命として一大ブームになったことがあります。
特に、経営コンサルタントの方々が、こぞって「一個流し」を推奨され、それに感化された経営者がたくさん現れました。
(恐らく、今も、この『一個流し神話』を信じておられる方は多いかと・・・)
このお話を、とある経営者(3S活動で全国的に有名。以下3Sと表記)から、聞いたのは、もう15年以上前のことです。
3S「松井さん。これからの時代は『一個流し』ですよ。
『ロット流し』より、ダントツで早いんです。」
松「う~ん・・・それは、ケースバイケースですよ。」
3S「嘘じゃないんです。
実際にストップウオッチで比較試験をして、
『一個流し』の方が早かったんです。」
松「それって、どういう工程分割をしておられました? 」
3S「明けましておめでとうございます、
という年始の挨拶を一人で全部書くのと、
一文字ずつ分業で書くのを比較したんです。」
松「そのやり方だったら、恣意的でない限り、
100%、『一個流し』が勝ちますよ。」
3S「いやいやいや。
『一個流し』の方が優れているから、勝つんですよ。」
松「え~っとですね。『ロット流し』の最大の弱点をご存知ですか? 」
3S「え? それは、何ですか? 」
『ロット流し』の短所は【移動と待機のロス】です。
松「各工程間で、必ず【移動】が発生しますし、
工程のどこかでボトルネックがあると、その後ろの工程で、
【待機】が発生するので時間のロスが生じるんです。」
3S「ええ!? そんなことが?」
松「はい。その事例で言うなら、
一文字ずつ書いて次の工程の人に渡す移動のロスが
累積されていますし、
最初の一文字目の「明」なんか、画数がダントツで
ボトルネックになりますよね。
後ろの工程の人全員が、「明」の字を書く時間以上に
早く書くことが出来なくなるので、
全ての文字を「明」で書いているのと変わらないこと
になるんですよ。」
この辺りは、ゴールドラット博士の【TOC(制約条件の理論)】が詳しいですね。
3S「松井さんのおっしゃる理屈は、分かりました。
でもやっぱり、【移動】と【待機】のロスが発生する分、
『ロット流し』の方が遅いじゃないですか!
やっぱり、コンサルさんが言うように『一個流し』が勝ちますよ。」
松「それは、『ロット流し』の長所の部分が
意図的に排除されているからですよ。」
3S「ええ!? まだ、そんな隠し玉があるんですか? 」
松「いや、別に隠しているわけじゃないんですが・・・
『ロット流し』の長所は【段取り回数の削減】
なんです。」
3S「え? それは、どういうことですか? 」
松「年賀状の挨拶の事例で考えるとすれば、
一文字ずつ色の違うペンで書かないと、
現実の条件に適合しないことになるんです。
同じ工具・工法で加工できるなら、どこの工場でも
複数工程に分けて『ロット流し』なんてしません。
同様に、一色のペンだけで一気に挨拶文が書ける条件なら、
確実に一工程で済ませた方が早いとなります。
実際、色違いにして、一文字ずつペンを持ち替える【段取り】
を入れた場合、『一個流し』は勝つでしょうか? 」
3S「う~ん・・・
そう言われれば・・・ペンを探したり、持ち替えたりする
【段取り】を入れちゃうと、
どうなるかは、分からなくなりますね。」
松「はい。私が、ケースバイケースです、と言った理由は
移動や待機のデメリットと段取り回数の削減メリットを
相殺して考えないといけないからです。
(一個流しの場合は、メリット・デメリットが逆になります。)」
3S「なるほど。良く分かりました。
どちらが早いかは、ケースバイケースなんですね。」
こうして、一人の経営者の誤解を解くことに成功したわけですが、
まだまだ、勘違いしている人はいるようです。
『一個流し』と『ロット流し』は、各工程のさらに細かい部分にまでメスを入れて工程を細分化した上で、比較検討を行なわないといけません。
【段取り】 VS 【移動と待機】
を比較検討の中に含ませておけば、こういった誤謬を犯さずに済むと思います。