ウイスキーは、お好きでしょ?スコッチ協奏曲
日本酒の次に好きな酒は、ウイスキーかもしれない。アイリッシュ、バーボン、ジャパニーズ、カナディアンとあれど、やはりスコッチである。
ずっと昔、意識して飲み始めた若いころは、単に背伸びをしたかっただけに違いない。薫り高い、強めのアルコールを喉に流し込むことに、味わいよりも、ある種のカッコよさを感じていたであろうことは否めない。そんな記憶も、もはやおぼろげだ。
そのころまでに、アイラモルトのスコッチ、ボウモアとラフロイグは、なぜか飲んだことがあった。飲みつけない身にとって、むせるようなピート臭は違和感でしかなかったが、こんなもんかと思ってストレートで呷ったことがあった。
それからしばらくして、あるとき、ゴールデン街の某『虎の穴』で飲んでいて、店主の鴻野さんとスコッチの話になる。やはり、シングルモルトがよい。そこから、自分の中でのスコッチの強化期間がはじまった。とはいえ、スコットランドには110以上の蒸留書がひしめき合っている。全部試すのは難しい。
そうだ、アイラだ。
スコットランドでもアイラ地区に限れば、数は減る。その当時、日本の酒場で飲むことができたシングルモルトは7種類。ピートの個性もあるし、わかりやすい。とりあえずアイラのウイスキーをきっちりと覚えようではないか。それからは、酒の場所に行くたびに、アイラモルトのウイスキーを飲むことにした。
薫りがじんわりと身体の底に降りてくるような、アードベック。全方位に放出されるような、ラフロイグの力強さ。咽喉を通るときに確かな華やかさを持つ、カリラ。重厚な風味が否応にでも大人の感じを醸し出すラガヴーリン。ほのかに塩気ある海風を想わせるブナハーバン。アイラの香りを押し出しつつ遺漏が無いバランスの取れたボウモア。
全て好きだが、個人的に気に入ったのは、ブルイックラディである。アイラの中では比較的軽めの風味で、アイラっぽさを残しながらも、むしろ爽快感が心地よい。スカイブルーのラベルもイカシてる。好ましい。
ひとしきりアイラの強化期間にめどがついたころ、『虎の穴』が、スコッチを飲み放題にしてくれるイベント営業をすることとなった。あるクリスマスイヴのことである。アイラを中心に、鴻野さんが何種類かシングルモルトを用意してくれて、中でも、アイラではないもののグレンリベットの21年が目玉だ。
その夜は、絶望的にシングルモルトを飲んだ。
幸か不幸か、せっかくのイベント営業なのにそれほど盛況とはならず、客は常時数人程度の見知った人々。まあ、クリスマスイヴだしな。スコッチの質と量を文字通り堪能し、もちろん、皆程よく泥酔。最後は、誰も彼もがラフロイグにカリラを注ぐなり、グレンリベットにボウモアを注ぐなりなんなりのブレンドをはじめ、「俺のブレンドを飲め!」と怒鳴り飲ませ合う始末。
「これじゃ、赤字だよ」との、鴻野さんの苦笑が妙に記憶に残っている。
そうこうするうちにつきものが落ち、スコッチ以外もまた飲むようになったし、アイラ以外のシングルモルトも飲むようになった。
グレンリベットの12年は水割りでもソーダ割でも、何ならお湯割りでも美味い万能選手だし、タリスカー10年のパンチの効いた風味はある意味アイラモルト以上だ。万事マイルドな宮城峡を飲めば、子供のころ連れていかれた蒸留所の楽しくもなんともなかった思い出がほっこりとよみがえる。
時間とお金があれば、スコットランドを旅行し、スコッチをだらだらと飲む旅をしてみたい。でも、たぶん、かなわぬ夢。グラスに揺れる琥珀色の液体に、旅情を溶かし、思い出を溶かし、ぐっと飲み干して終わるであろう人生なんである。
(2021.05.29)