明晰頭脳封印探偵・藤巳しおりの逃避録【豪華客船ハデス号の沈没】
僕は頭良すぎて死について考えまくってしまうので常に意識を朦朧とさせている探偵の助手をしている。
「へ、へへへ……わらひもしゅきぃ……」
彼女がその探偵だ。今はVRゴーグルを付けながら、ASMR音声で快感を常に感じ続けることによって思考を停滞させているらしい。たいてい、目の焦点が合ってなくて、よだれを口から垂らしているので一見さんにはクスリでもやってるのかと思われているが、彼女はそういった寿命が縮む行為をひどく嫌っている。
「事件資料の整理、終わりましたよ」
僕はいつものリモコンを押して、彼女を現実に引き戻した。
「……ん。そうか」
一転してダウナー系の声を出しながら、彼女はVRゴーグルを外す。
「こちらです」
キリっとした表情で彼女は事件資料に目を通しはじめた。その間、この探偵事務所は沈黙に包まれる。だが、その沈黙は往々にして長続きしない。
「ん。犯人が分かった。今から伝える条件に合致する人物、それが犯人だ」
今回はたったの3分だった。たった3分で、彼女は警視庁捜査一課の刑事たちを長いこと悩ませ続けてきた難事件の犯人を突き止めてしまったのだ。
「了解しました」
「……ふぅ。では、私は気が狂わないうちに帰るとするよ。本物の霊能力者を発見できたら呼んでくれ」
そう言って、彼女はまたいつもの快楽漬けの状態に戻っていった。
「やれやれ、この人はまったく……」
僕がいなかったらとっくに死んでるんじゃないかと思う。まあ、それは逆に、僕のことを信頼してくれてるってことなんだろうけど――ん?
「なんだろ、この手紙」
蝋で封をされてる手紙なんて初めて見た。宛先は「藤巳しおり」――つまりいま、口からよだれ垂らして卑猥な動きで手を上下させている彼女に向けてのものだ。
こういう時、彼女を正気に戻すと「そんなことで私を呼ぶな!」と怒られることを僕は経験則から知っている。
開封して、手紙を読んでみる。
「招待状……?」
【続く】
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