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童話 「眠れない夜に」



眠れない夜に
おじいさんは
絵本を開きました

おじいさんは
眠れない夜があると
きまってこの絵本を開くのでした

むかしむかし
おじいさんがまだ
ほんの子どもだったころ
おかあさんが読んで聞かせてくれた本

ぼろぼろの本は
今ではバラバラになって
もう本とはよべないかもしれないけれど
おじいさんはページをそっとめくります
めくる手はしわくちゃで
震えを止めることができません



その夜
おじいさんは
この絵本の23ページの世界で
永遠に暮らすことができたら
どんなに素敵だろうと想像しました

おかあさんが
このページを読むときには
いつでもたのしそうに読んでくれたので
おじいさんはこのページが大好きでした

美しい森と
小さな町が描かれているページ

そんなことを考えているうちに
おじいさんは うとうとしてきました



ふと気がついたときには
おじいさんは既に23ページにいるのです

そこでおじいさんは
新鮮な空気を胸いっぱいに吸いこみ
森の中を裸足でかけまわりました

からだも心も少年になったのです

それと同時に おじいさんは
これまで生きてきた95年間をも
一瞬にして忘れてしまいました



少年になったおじいさんが
ふかい森の中を走っていると
一軒の小さな家を見つけました

ノックをしても返事がありません

おじいさんは恐る恐るドアを開けました



部屋の隅にはベッドがあり
ベッドにはひとりの老人が眠っています
老人はぼろぼろの絵本を胸に抱えたまま
冷たくなっていました

おじいさんはその老人の手を握ると
なぜだかわからないけれど
涙があふれてくるのでした

おじいさんは
23ページの世界で
何時間も泣きました

とはいえ
日が暮れることもない
この世界では
時計の針は止まったまま
ぴくりとも動きません

遠くで
鳥が鳴くのが聞こえました

おじいさんは
そっと家を出て
おかあさんの待つ町へ帰るのでした



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