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フォーマルハウトのはなし

南のひとつ星, 秋のひとつ星

夏が終わると海や山の賑わい(帰省やら旅行やらの若い人たち)が消え, 太陽のまぶしさも弱まり, 何となくもの寂しさを感じるということはありそうな気がします. そこに追い打ちをかけるように「南のひとつ星」なんて寂しそうな星の名を言われると泣いちゃいそうになるかもしれません(笑)

目立つ星には国や地方ごとに固有の名前がつけられているものがあります. みなみのうお座α星「フォーマルハウト」の和名としては「アキボシ」「フナボシ」などがあるそうですが, 今は広く知られている「南のひとつ星」は実は古来からの呼び名というわけではなく, 天文民俗学者の野尻抱影氏が著書の中で仮に付けた名前なのだそうです. 今井美樹さんの「プライド」という曲では「わたしは今〜 南のひとつ星を 見上げて〜 誓った〜」と歌われますが, これもたぶんこの星のことなんでしょう.

かと思えば, 国立天文台のWebサイトでは「秋のひとつ星」という名が示されています. 「南の〜」にしても「秋の〜」にしても, 「ひとつ星」というのがこの星の特徴をよく表しているのでしょう.

これは↓プラネタリウムソフトのStellariumの表示ですが, 黄色い枠で囲ったのがいわゆる「秋の星座」という範囲です.

「秋の星座には1等星がたったひとつ」って話

空に描かれた星座たちは季節ごとに違った絵がポンと出てくるわけじゃなく, 360°ぐるっとつながって私たちを取り巻いているわけですが, その範囲をおおまかに4つに区切って, 秋の宵(日没〜22時くらい, 普通の人が夜空を見上げる頃)に南の空から天頂にかけて広がって見える領域を「秋の星座」としています. 同じようにそれぞれの季節に普通の人が日没後しばらくの間に見上げる空の正面に見える範囲を, その季節の星座としているわけです.

秋の夕暮れには西の方に見える夏の星座の端っこは, はくちょう座〜いて座あたりのライン, そこにはベガ, デネブ, アルタイル(夏の大三角)などのいくつかの1等星があります. 東の方に昇ってくる冬の星座の始まりは, ぎょしゃ座〜おうし座〜エリダヌス座あたりのライン, その辺りもカペラ, アルデバラン, リゲルやベテルギウスなど1等星が多めです. ところがその間にある秋の星座には, ご覧の通り1等星がありません. 南の空低い所にあるフォーマルハウトは, 近くに明るい星も天の川もない暗闇の中にポツンと輝く, 秋の星座の唯一の1等星です. (ここしばらくは土星がその上のみずがめ座にいるので, それほど寂しくはなさそうですが)

これが「ひとつ星」という呼び名がやたらとしっくりきてしまう所以(ゆえん).

実はひとりぼっちではない

ところが, 実はひとりぼっちってわけではないというお話があります. つまり一見孤独に見えるフォーマルハウトには家族がいた!みたいな.

恒星はわずかずつですが各々が勝手に動いていて, それを「固有運動」と言います. 固有運動によって恒星の並びはだんだんズレて, 何万年も経つと星座の形は変わります. 二重星というほど近くはありませんが, フォーマルハウトのわりと近くに同じ固有運動をしている星があることが分かりました(2012〜2013年に発表された論文). 見かけ上は数度も離れていますが, フォーマルハウトは地球に比較的近い(25光年)ので, 見かけ上離れていても連星になれるくらい実際の距離は近いということがあり得るわけです. フォーマルハウト自体を「フォーマルハウトA」といい, 同じ固有運動をしているということで連星系を作っていると考えられる星を「フォーマルハウトB」, 「フォーマルハウトC」と呼びます.

フォーマルハウトBは, Aの南約2°にある6.5等の「みなみのうお座TW星」, フォーマルハウトCは, Aから北へ5.7°も離れて隣のみずがめ座に属するLP876-10と呼ばれる12.6等星です. ちなみに月の見かけの大きさは30分(1°の半分)ですから, フォーマルハウトの家族たちは間に月が何個も入るくらい離れているわけです. それでも, 実際の距離はAとBが0.9光年, CはBからさらに1光年にあって, 重力で引き合ってゆっくり回りあっているということらしい. フォーマルハウトAの重力による相互作用は2光年くらいの距離は届いていて連星系を成しているということになります. 地球から近い連星系は, 近すぎて「二重星」には見えないんだけど, それでも連星ってこともあり得るという話.

「ひとりぼっち」ってわけじゃないのです

二重星 (double-star)は, 2つの星が見かけ上すぐ近くにあって, 目で見ると1つに見えるけど望遠鏡で見ると実は2つくっついていた, というような星です. その中でも, 2つの星が実際に近くにあって重力で互いに引き合って回っているものを「連星」(binary-star)と言います. 一方, 「二重星」の中には, 実は遠く離れて互いに他人なんだけど, たまたま地球から見ると同じ方向に見えるだけ, というものもあり, それは「見かけの二重星」と言います. よく知られるはくちょう座のアルビレオは色の対比も美しくとてもお似合いのカップルに見えますが, 見かけの二重星, つまりたまたま同じ方向に見えるだけの他人同志ということが分かっています. フォーマルハウトの場合は, その逆のケースということですね.

二重星の写真を撮るときには, 惑星撮影のように長焦点の望遠鏡にさらにバーローレンズなどを使って拡大撮影しますが, フォーマルハウト一家を画角に収めるには100mmくらいの中望遠レンズが必要です. 家族写真はこんな感じに↓

フォーマルハウトと家族たち: Samyang 85mm F1.8 @F2.8, Fujifilm X-E2 ISO3200, 20x1min (20min), AstroPixelProcessorでスタック.

惑星騒動

フォーマルハウトにはダストの環が存在することが知られていて, その環の内側に惑星があるという説があります. これは「フォーマルハウトb」と呼ばれ, 国際天文学連盟(IAU)による太陽系外惑星命名キャンペーンでDagonという固有名もつけられましたが, その後惑星は存在せずダストの塊だったのではないかという説が出たり, やっぱり惑星があるという説が出たり, 二転三転しています.

フォーマルハウト, ひとりぼっちに見えて実は家族が居て, ちゃんと絆はつながってたという, 他人事と思えないエピソードをもつかと思えば, 惑星があるとかないとか, いろいろと話題の豊富な星でした.

【了】

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