048.「恋の思い出を燃やす日」のこと
友人の引越しの手伝いへ行って荷造りをしている最中、終わった恋のかけらをいくつか発見してしまった。
棚の裏から出てきた薄い紙袋から出てきた合鍵だとか、カードケースの奥にしまわれた4角が綺麗にピンと伸びている会社の名刺だとか。
「こんなもの、もう持ってても意味ないんですけどね」とあっけらかんと言う彼女の横顔は、言葉とは裏腹に影をほんのり落としていてとても美しいなあと思った。
彼女のグレーがかった瞳が涙で濡れる場面も、呪詛が渦巻く業火を宿した場面も、私は直接見たことがない。
いつも何か熱を持ってまっすぐ見透かすかのような強い目力に、内心どこか圧倒されてしまってまっすぐ見れないだけかもしれない。
「捨てられないけど、そんなもん全部捨てちゃえばいいよ」
「…ライター、貸してもらっていいですか?」
ポケットの中を探ると、私の体温で温くなった金色のライターがひょっこり顔を出した。
ん、と差し出すと、彼女はシンクの上で慣れた手つきでフリントを回す。
焦げ臭さが鼻の奥を刺激して、ジジジという音とともに指先のカードの端がくすぶる。
「なんですぐに燃えきらないんですかねー」
「ああ、表面加工をしているんじゃないかな多分。ほら、3層に分かれているでしょ」
「本当だ、案外わかんないもんですね」
大きな塊になってはすぐに萎む火は、彼女の未練だったのだろうか。
消えては着火してを繰り返し、持てる範囲がなくなったところでシンクに投げ入れる。
勢いよくひねった蛇口からは降り注ぐ大量の水が、残りかすと灰を排水溝へ押し出した。
「こんなもんなんですね」
「こんなもんだよ」
小さくなったびしょ濡れの紙を拾い上げ、ゴミ箱へ入れてまた荷造りに戻る。
「他に運ぶものは?」と玄関から声が聞こえた。
「あとは細々したものだけだから、もう少ししたら車出して」
そう言った彼女の背中はしゃんとまっすぐしていて、きっとこの二人なら大丈夫だろうって勝手に思った。
多分何年経っても、あの部屋の片隅には彼女の失恋の亡霊がずっと立っている。