日本語のローマ字表記を考える (2)

日本語のローマ字表記を考える (1) の続きというか、なぜそのような結論になったかをだらだらと書く。週末の余暇の思いつきなので、詳しくは調べていない…
#ローマ字


日本語のローマ字表記の課題

翻字の問題

現代仮名遣いには「四つ仮名」問題がある。すなわち、「じ・ず」と「ぢ・づ」の使い分けである。現代仮名遣いでは、原則として発音が「じ・ず」と同じになっている「ぢ・づ」を排除しているが、連濁などで残っている。「三日月 みかづき」や「縮む ちぢむ」などである。

また、同様に助詞「へ・は・を」の問題もある。これらは、発音が「え・わ・を」に変化しているが、可読性などの理由で、置き換えがされなかった。特に、「を」は助詞「を」専用の文字となっている。

翻字においては、前後の文字表記が一対一で対応していることが望まれる。現代日本語をローマ字に翻字する場合、日本式が唯一の選択肢である。日本語のローマ字表記を定めた ISO 3602:1989 第5項の原注2 で厳密な翻字は日本式を使うことが示されているそうだ。

発音の問題

「つ」は元々の「トゥ」という破裂音 [t] から、破擦音 [t͡ɕ] に変化しているそうだ。そのため、他のタ行の音と調音方法が異なる。また、「ふ」は両唇音 [ɸ] となっており、ハ行の他の音と調音位置が異なる。ハ行の音は [p] (両唇破裂音) → [ɸ] (両唇摩擦音) → [h] (声門摩擦音) と変化していったと考えられており、「ふ」はこの名残と考えられる。五十音のイ段 (母音の「い」を除く) は口蓋化が起こっており、音的には拗音になる。特に、サ行、ザ行、タ行、ダ行では口蓋化が進んでおり、別の音素として扱われるようで、独立した IPA 発音記号で表記されるのが一般的 ([ɕ], [d͡ʑ], [t͡ɕ])。これがヘボン式の表記に反映されている (shi や ji や chi)。なお、ヒャ行も独立した記号 [ç] で表記されるようだが、ヘボン式では hy である。

実際の子音の発音の違いを表記に盛り込むならば、ヘボン式が選択肢となる。また、外国語話者はもちろん、日本語話者であっても、外来語流入により、失われた「トゥ」や [ɸ] の音を弁別する話者も多く、ローマ字上の発音の整合性は考慮すべきだと思う。
訓令式があるにもかかわらず、日本のパスポート、駅や道路の標識を含め、ヘボン式が広く使われているのはこの様な理由があるのだろう。

動詞活用との整合性の問題

同じ行の中で段によって子音が違うと、動詞の活用の説明が理解しづらくなる。具体的には、サ行とタ行の五段活用と、サ行とザ行の変格活用である。また、助動詞の「ます」「です」にも影響がある。なお、ザ行、ダ行、ハ行の五段活用動詞は存在しないはず。

日本式の場合は、ワ行五段活用動詞に注意がいる。「笑う」の未然形は「笑わ-ない」でワ行であるが、意向形 (未然形の派生で意向の「う」が付く形) は「笑お-う」で「お」であり、「を」ではない。

翻字と発音の問題のまとめ

表にすると下記のようになる。訓令式は中途半端で使いづらいのだろう。2024年に文化庁の有識者会議が訓令式の見直しを検討する方針を示すのも理解できる。

$$
\begin{array}{l|c|c|c} \hline
\text{} & \textbf{翻字} & \textbf{発音} & \textbf{動詞活用との整合性} \\ \hline
\text{ヘボン式} & \text{× 四つ仮名と「を」} & \text{○} & \text{× サ五、タ五、サ変、ザ変、ます、です} \\ \hline
\text{訓令式} & \text{× 四つ仮名と「を」} & \text{× 「つ」「ふ」「し・じ」「ち・ぢ」} & \text{○ ダ行の五段動詞は存在しない} \\ \hline
\text{日本式} & \text{○} & \text{× 「つ」「ふ」「し・じ」「ち・ぢ」} & \text{△ ワ五の意向形は「お」} \\ \hline
\end{array}
$$

撥音の問題

撥音には n が使われる。後続に母音や y が続く場合、ナ行やニャ行との区別のため、n'a や n-a などの表記が使われる。子音 p, b, m の前の発音は [m] になるので、m を使うことがある (駅名表示などに見られる Shimbashi など)。
撥音の表記には若干の揺れがある。また、個人的な印象になるが、語中にある n は少々判別しづらいように思う。

促音の問題

「っ」のあとの子音を重ねて表す (はっぱ → happa、いっこ → ikko、がったい → gattai)。そのため、後続する子音によって表記が変わってしまう。また、ヘボン式では、「っち」は tchi と、「っし」 は sshi と記述するなど、多少の分かりづらさがある。
また、上記では「あっ」の様な後続子音が無い表記に対応できない。ただし、この場合、"A'" という表記もあるようだ。

なお、促音は多くの日本語学習者にとって難しいらしく、日本語能力試験 N1 に合格するレベルの話者でも、たまに「っ」が抜けることがあるようだ。

長音の問題

現代仮名遣いでは、長音は母音を添えて表現する。外来語の場合は、ー (長音記号) を使う。ローマ字表記では、母音を添えずに、元の長音を表記するのが一般的である。長音は、母音に ¯ マクロンか (ヘボン式、日本式) ^サーカムフレックス (訓令式) を付けて行う (とうきょう → Tōkyō / Tôkyô)。ただ、ASCII 文字では表現できないため、長音記号がなくなることもよくある。そうすると、「おばあさん」と「おばさん」の区別がなくなるなどの問題が起きる。

ただし、現代仮名遣いでは、エイは長音 ē と発音されるかと ei 発音されるか問わないと付記されている。そのため、エイは ei と長音表記しないことが多い。また、ii は ī ではなく、そのまま ii で表すことが一般的であるようだ。加えて、ō から oオと oウを復元できない問題もある。

$$
\begin{array}{c|c|c|c} \hline
\text{aa} & \text{ā} & \text{おかあさん お母さん} & \text{おかーさん} \\ \hline
\text{ii} & \text{ī / ii} & \text{うつくしい 美しい} & \text{うつくしー} \\ \hline
\text{uu} & \text{ū} & \text{くうかん 空間} & \text{くーかん} \\ \hline
\text{ee} & \text{ē} & \text{ねえさん 姉さん} & \text{ねーさん} \\ \hline
\text{ei} & \text{ē / ei} & \text{せんせい 先生} & \text{せんせー / せんせい} \\ \hline
\text{oo} & \text{ō} & \text{とおり 通り} & \text{とーり} \\ \hline
\text{ou} & \text{ō} & \text{おとうさん お父さん} & \text{おとーさん} \\ \hline
\end{array}
$$

漢字が分かれている、形態素が分かれている場合は、元が長音ではないため、長音表記は行わない。ただし、実際の発音では、長音化している場合がある。

ばあい 場合、きい 紀伊、かつうら 勝浦、わけいる 分け入る、おおし お押し、おうた お歌、など。

なお、長音も多くの日本語学習者にとって難しいようだ。N1 合格者だと、和語や漢語は問題ないことが多いが、外来語になると途端に怪しくなるようだ。日本語話者の捕らえる音の長さが外国語話者の感覚と異なるのだろう。

分かち書きの問題

日本語の表記は単語ごとに空白を入れる分かち書きを行わない。ローマ字で表記する場合、どの様に分かち書きするかが問題となる。

名詞、動詞、形容詞、副詞、助詞を分かち書きし、用言の活用語尾 (助動詞含む) は用言に含むと考え分かち書きしないのが一般的だと思われる。ただし、サ変動詞は名詞部分と「する」を分かち書きすることが多いようである (renraku suru)。動詞が助詞「て」で繋がる場合は、分かち書きする (hashitte iru)。

用言部分は、構成が複雑になると可読性が悪い。また、個人的な印象になるが、1文字や2文字の助詞が不必要に目立つように思う。

私案

上記を踏まえて、こんなのどうだろうと妄想した結果。

翻字と発音の問題への対応

ヘボン式に、四つ仮名の表記を追加してしまうの手っ取り早い。

ジャ行には z を、ヂャ行には d を付けて、区別するようにする。zj は [ʑ] を、dj は [d͡ʑ] を意識して選んだ (実際の発音は区別されない)。また、j は口蓋化の記号のようにも見えるので、日本式の zy と dy との類似性もある。日本式と同じにしなかったのは、zj の簡易表記として、ヘボン式同様の j を認めるためである。現状との整合性を考えると、簡易表現が必要だろう。また、「づ」には dzu を当てる。[d͡z] を意識したものである。実質、ヂャ行と「ヅ」の表記追加しただけである。

なお、ヘボン式ベースなので、動詞活用との整合性の問題を割りきる必要がある。shi は h が入っているだけ、tsu は s が入っているだけなので、関係性は提示されている。t の影がない chi は問題である。[t͡ɕ] からの連想で tci への変更も考えたが、現状からの大きな変更は望ましくないだろう。

$$
\begin{array}{c|c|c} \hline
\textbf{仮名} & \textbf{ヘボン式} & \textbf{私案} \\ \hline
\text{し} & \text{shi} & \text{←} \\ \hline
\text{ち} & \text{chi} & \text{←} \\ \hline
\text{ず} & \text{zu} & \text{←} \\ \hline
\text{じゃ} & \text{ja} & \text{zja / ja} \\ \hline
\text{じ} & \text{ji} & \text{zji / ji} \\ \hline
\text{じゅ} & \text{ju} & \text{zju / ju} \\ \hline
\text{じょ} & \text{jo} & \text{zjo / jo} \\ \hline
\text{づ} & \text{zu} & \text{dzu} \\ \hline
\text{ぢゃ} & \text{ja} & \text{dja} \\ \hline
\text{ぢ} & \text{ji} & \text{dji} \\ \hline
\text{ぢゅ} & \text{ju} & \text{dju} \\ \hline
\text{ぢょ} & \text{jo} & \text{djo} \\ \hline
\end{array}
$$

また、助詞「へ・は・を」も仮名表記に合わせる。

$$
\begin{array}{c|c|c} \hline
\textbf{仮名} & \textbf{ヘボン式} & \textbf{私案} \\ \hline
\text{へ} & \text{e} & \text{he} \\ \hline
\text{は} & \text{wa} & \text{ha} \\ \hline
\text{を} & \text{o} & \text{wo} \\ \hline
\end{array}
$$

撥音の問題への対応

日本語表記が「ん」しかないので、ローマ字も n だけを使う。統一性と可読性のため、必ず ' を付け n' 表記とする。ただし、空白や記号の前では ' を省略できる。

$$
\begin{array}{c|c|c} \hline
\textbf{仮名} & \textbf{ヘボン式} & \textbf{私案} \\ \hline
\text{おんせん} & \text{onsen} & \text{on'sen} \\ \hline
\text{おんあつ} & \text{on'atsu} & \text{on'atsu} \\ \hline
\text{ほんやく} & \text{hon'yaku} & \text{hon'yaku} \\ \hline
\text{げんば} & \text{genba / gemba} & \text{gen'ba} \\ \hline
\text{あんを} & \text{an o} & \text{an wo} \\ \hline
\end{array}
$$

促音の問題へ対応

仮名表記と同様に、前後の文字に影響されずに、促音表記を入れられるようにする。最初 t' を考えたが、' でも充分機能する (促音っぽく見える) と感じたので、これを採用する。母音の後に ' が来たら促音を示す。また、文頭や記号の後の ' も促音である。撥音の後に促音が来る場合は、' が連続する。

$$
\begin{array}{c|c|c} \hline
\textbf{仮名} & \textbf{ヘボン式} & \textbf{私案} \\ \hline
\text{いった} & \text{itta} & \text{i'ta} \\ \hline
\text{いっち} & \text{itchi} & \text{i'chi} \\ \hline
\text{よっつ} & \text{yottsu} & \text{yo'tsu} \\ \hline
\text{いっこ} & \text{ikko} & \text{i'ko} \\ \hline
\text{いっぽ} & \text{ippo} & \text{i'po} \\ \hline
\text{いっし} & \text{isshi} & \text{i'shi} \\ \hline
\text{あっ} & \text{a' (?)} & \text{a'} \\ \hline
\text{って} & \text{tte (?)} & \text{'te} \\ \hline
\text{んっぽ} & \text{nppo} & \text{n''po} \\ \hline
\end{array}
$$

長音の問題への対応

和語の場合は、仮名表記のままローマ字化する。漢語に関しては、同一漢字内において uu と ou の母音連続がある場合、長音であると判断して、母音に ¯ (マクロン) を付けて母音表記する。
固有名詞以外では長音表記を省略してはならない。ー (長音記号) が使われている場合は、記号直前の母音に対してマクロンによる長音表記を行う。
マクロンで長音を記載したいが、システム制約で付けられない場合は母音の後に ~ (チルダ/オーバーライン) を付ける。

$$
\begin{array}{c|c|c} \hline
\textbf{仮名} & \textbf{ローマ字表記} & \textbf{長音簡易表記} \\ \hline
\text{aあ} & \text{aa} & \text{} \\ \hline
\text{iい} & \text{ii} & \text{} \\ \hline
\text{uう} & \text{uu} & \text{} \\ \hline
\text{eえ} & \text{ee} & \text{} \\ \hline
\text{eい} & \text{ei} & \text{} \\ \hline
\text{oお} & \text{oo} & \text{} \\ \hline
\text{oう} & \text{ou} & \text{} \\ \hline
\text{uう (漢字音)} & \text{ū} & \text{u\textasciitilde} \\ \hline
\text{oう (漢字音)} & \text{ō} & \text{o\textasciitilde} \\ \hline
\text{aー} & \text{ā} & \text{a\textasciitilde} \\ \hline
\text{iー} & \text{ī} & \text{i\textasciitilde} \\ \hline
\text{uー} & \text{ū} & \text{u\textasciitilde} \\ \hline
\text{eー} & \text{ē} & \text{e\textasciitilde} \\ \hline
\text{oー} & \text{ō} & \text{o\textasciitilde} \\ \hline
\end{array}
$$

オノマトペの日本語表記は揺れがちな為、ローマ字との対応は一対一ではない。小書きの母音仮名が使われることもある。

  • Nyā

  • にゃあ / ニャア

  • にゃー / ニャー (長音記号)

  • にゃぁ / ニャァ (小書き母音)

台詞などで、本来長音でないものを長音記号で伸ばす場合は、チルダを使う。小書き母音で伸ばす場合は、同じ数だけその母音を繰り返す。また、末尾に促音が付くこともある。その場合は、' を付ける。長音記号と小書き母音が併用されることもある。

  • いけー / Ike~

  • いけぇ / Ikee

  • いけぇぇぇ / Ikeeee

  • いけぇっ/ Ikee'

  • いけぇーっ! / Ikee~'!

分かち書きの問題への対応

空白での分かち書きは、日本語の構造を考慮し、いわゆる文節に相当する単位で行う。単位内の形態素は - で繋ぐ。ただし、名詞の連続による複合名詞は空白で区切る (絵画教室 → kaiga kyōshitsu)。準体助詞「の」は名詞扱いで分かち書きする (やるのを見た → Yaru no-wo mi-ta)。助詞の類を - で接続する点が、目を引くかもしれない。

  • しかしその当時は何という考もなかったから別段恐しいとも思わなかった。(「我が輩は猫である」より)

  • [ヘボン式] Shikashi sono tōji wa nan to iu kangae mo nakatta kara betsudan osoroshii toha omowanakatta.

  • [私案] Shikashi sono tōzji-ha nan-to iu kan'gae-mo naka'ta-kara betsudan osoroshii-toha omowa-naka'ta.

  • 父と母は大江戸線で東京タワーに行きました。

  • [ヘボン式] Chichi to haha wa Ōedosen de Tokyo Tower ni ikimashita.

  • [私案] Chichi-to haha-ha Ooedo-sen-de Tokyo Tower-ni iki-mashi-ta.

  • 当店舗の営業時間は午前9時から午後8時です。

  • [ヘボン式] Tōtenpo no eigyō jikan wa gozen 9 ji kara gogo 8 ji desu.

  • [私案] Tō-ten'po-no eigyō zjikan-ha gozen 9-zji-kara gogo 8-zji-desu.

タ形やテ形の促音便の前の - は省略する。括弧のあとに助詞が続く場合も、-
 で繋ぐ。

  • やってきた。 / Ya'te ki-ta.

  • 「私がやる」って。 / "Watashi-ga yaru"-'te.

「-ている」の省略形「-てる」は、ひとまとまりとして扱う。

  • やっているよ。 / Ya'te iru-yo.

  • やってるよ。 / Ya'te-ru-yo.

  • やっていますよ。 / Ya'te i-masu-yo.

  • やってますよ。 / Ya'te-masu-yo.

その他の規則

  • 文頭と固有名詞の語頭の文字を大文字とする。

  • オノマトペは、それを明示するために語頭の文字を大文字にする。

  • 特別な意図がない限り、和語化していない外来語 (特に英語由来) のカタカナ語は、元の綴りを使う (スケジュール → schedule)。タバコやガラスなどは和語化していると思われる。

  • 外国語の綴りの単語を明示したい場合は、それをイタリックにする。

  • 、と。 (句読点) は , (カンマ) と . (ピリオド) に置き換える。

  • ・ (中点) は文脈依存で空白 (外国人の名前の区切りの場合) や、, (列挙の場合) などに置き換える。

  • 「」 (鉤括弧) は "" に置き換える。

  • その他の約物は適宜置き換えるか、そのまま使用する。

最後に

個人的なメモ書きをだらだらと書いてしまった。
おそらく、分かち書きの方針に関しては、既存の分かち書きと差が大きく、一般には受け入れられないものなのではないかと思う。促音表記は、思ったより見やすくて個人的には結構アリと感じている。

通常、ローマ字というと問題になるのが、外来語表記と長音表記だと思う。ヘボン式ベースなのは、外来語表記を意識してはいるものの、外来語表記に関してはほとんど触れなかった (極力、元の綴りを使うことで逃げる)。長音表記の問題も解決されていない。パスポートの氏名表記など ASCII 英字のみの表記に関して解が無い。さすがに、人名や地名等に ~ を入れたくはないだろう。和語由来の名前は仮名表記をそのままローマ字にするのが良いように感じている。

今後、訓令式はどうなるのか、ISO 3602 は改訂されるのか、をうっすら見守りたい。

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