本音と建て前は国境を超える話
2月12日(金)。バレンタイン前の金曜日。
テキサスはインドアダイニングなどを含む経済のほとんどが昨年夏くらいから再開しています。
何もかもが閉まっていた(←すごく大雑把に言いました)カリフォルニアを出て、ほぼ全部のビジネスが開いているテキサスへ来たわけなので、バレンタインは久々に夫とどこかへ食事にでも行こうかなと思っていたら。
記録的な寒さに見舞われている私たちが住む地域。
こちらをご覧ください:
気温は摂氏表示です。
向こう一週間、最低気温がずっとマイナス。
日曜日(バレンタイン)と月曜日なんてマイナス15度、マイナス18度。
そんな寒いの経験したの人生でいつだったか覚えておりませぬ・・・。
どうやら寒波がカナダから全米を横断しているんだそうですよ。
(本来ここはこんな寒くなるエリアではないのです・・・)
外席で食べたかったので、外出は断念。
バレンタインはおとなしく家で過ごすため、昨日はちょっと良いワインなどを買って、ステーキ肉もスーパーではなくブッチャーで調達してきました。(肉を焼くのは夫です)
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さて、本題。
本音と建て前のお話。
よく、「アメリカでは本音と建て前なんてない(なんでも本心をすっぱりと伝える)」みたいなイメージがないだろうか。
しかし、アメリカは、言うなれば、建て前ばりっばりの世界である。
アメリカの職場なんて特に本音と建て前の宝庫。それがより一層顕著になるのが、転職などで退職するとき。
アメリカで転職するときは、誰もがリファレンスをパスしなければいけない。
リファレンスというのは、応募先の会社が前の職場でどんな様子で働いていたかなどを前職に確認するもので、単に在籍を確認するだけの場合もあれば、勤怠や勤務態度、給与はいくらだったか、チームワークはどうだったかなどまで質問する場合もある。(因みにサンフランシスコでは前職の給与を聞くのは数年前に違法になった)
なので、どんなに職場の人間関係が嫌でやめようが、職場の上司や同僚の顔なんて二度と見たくないほどに現職が嫌になっていようが、円満退社のフリをする。(現職Aとして、職場Bに転職が決まっても、数年後にまた次の職場Cへ転職する場合には、リファレンスを職場Aにする場合もあるので気が抜けない)
勿論、日本でも円満退社のフリをしないって人はいないかもしれないけれど、リファレンス文化がないので、プレッシャーが違う。ある程度、後を濁しても鳥は飛び立っていけると思う。(私はリファレンスをしている組織、日本では知りません。知り合いがたまたま応募者の前の職場の人、とかじゃない限り)
何でこの話を今しているかというと、先日職場の同僚がまた一人、退職したのだ。
この同僚をUとする。
Uは、全米トップ大学ランキングで1位常連の有名校Bを卒業して間もなく、うちの職場へ入って来た。
多分、仕事をするのはこれが初めてで、世間知らずな青さと自信過剰気味な性格があるあるなアメリカ青年。
初めのころこそ、さすがB大学卒、頭いいなぁ、なんて印象を持つ人が職場では多かったと思う。
それが次第に、「なにあいつ、なんであんなにエラソーなの」という評判に変わるまで1年かからなかった。(結局、「これは俺の仕事じゃない」とか言うタイプで(しかも、いや、あんたしかおらんやろ、この仕事という場合が多い)Uは仕事はそこまでデキなかった。
そんな感じだったので、Uが正式に退職を発表する前に噂で聞いた時は、やったぜー!と仲の良い同僚と陰で喜んだし、他にも同じ気持ちの人はいたと思う。
ある日、週1の社内ズームミーティングで、Uが自分が退職するという”アナウンスメント”をし始めた。
「今までここで一緒に働いた全ての人に感謝しています!」とかなんとか、とにかく、現職を褒めまくる。(※建て前①)
彼はいつも仰々しくて、Me me me..な所にも私はげんなりしていた。なので、「ハイ、出たーーーーーーーー!」と思って、ふつーにさらっと言えや、うぜーなと、顔色ひとつ変えずにアナウンスを聞いていた。
その次に話す順番の別の同僚が、「Uが退社すると知って残念です・・・」とUの退職に触れてから自分の話を進めるではないか・・・!(※建て前②)
次の同僚も、その次の同僚も、みんな「今までありがとう!一緒に働けてよかった」(※建て前③、④、⑤・・・・・!)などと口々にしてから自分の業務報告をする。
職場でのエチケットというか、暗黙のルールというか、この状況ではそうなるのが当然と言えば当然なのだけど、私はUのことが好きではなかったので、完全スルーしようと思っていた。
しかし、ここまでくると、私だけ何もUに言わずに業務報告だけしたら、目立って仕方がないではないか。
「え、Mさん(=私)、Uについて触れもしなかったね・・?」と気付く人が出てしまう。
うわーどうしようーーーー困ったー。
私のしゃべる番はもうすぐなはずだ。
私は至って単細胞なので、思ったことがすぐ顔に出るし、嫌いな人と笑顔で話すなどはもってのほか。「あなたのことが嫌いですよ」と言わずともすぐに伝わってしまう。
そういう大人げない(?)態度を一切見せず、表面上は親切丁寧に大嫌いな相手に接することができる人を、尊敬するような、でもどこかで軽蔑するような複雑な気持で今までずっと見ていたと思う。
しかし、なぜか今回は、「いつもの自分」で行くのが得策でない気がしてきた。
U本人に「Mは自分のことが嫌いなんだな」とばれるのが嫌だというよりも、ズームミーティングに参加している同僚や上司全ての人にそれを悟られてはいけない、と思った。
上っ面には、上っ面で返す。
自分の番が回ってきた。
わたしは、昨年まで一緒に働いていたTさんを心に召集した。
(Tさんは、面倒見がよく、気が利いて、ザ・秘書という感じの頼れる姐さんで、自分のことをよく「女優」と表現していたほど、仮面をつけて人間関係をこなすことができる人なのです)
自分の番が来て、私はこんなことを言っていた。
新しい旅の始まり、おめでとう!あなたと一緒に働けてとても良かったです。ここでの経験が将来あなたのキャリアでもっと遠くを目指す助けになることを祈っています。
完璧じゃね?
笑顔もひきつってなかったし、Tさん憑依の威力、半端ねぇ。。。
「建て前」発動、無事完了。
ミーティングを終えて、不思議な気分になっていた。
今まで、自分が本当に思ってもいないことを上っ面で話すのは、なんだか不誠実な人間のすることだと思っていた。それがたとえ、相手を傷つけるようなものであっても、隠しきることができなかったのに、女優Tさんを憑依させてズームミーティングを乗り切って(大げさ)感じたのは、とても気分が良い、ということだった。
本当の自分の感情は、自分だけのもの。
そんな言葉がじんわり湧いてきた。
ビジネスの場では、馬鹿正直でいることだけが良いことではないと重々わかってはいたけれど、自分の感情や気持ちはそれはそれとして(否定はせず)、その場に求められた対応をする、それってそんなに悪くないなとアラフォーにもなって今更かもしれないが、腹落ちした。
自分の気持ちをあけっぴろげにみんなに披露していた頃の方が、なんだか恥ずかしくさえ思えてくる。
わたしの本当の気持ちは、わたしだけのもの。
なかなか良い。