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メグレ警視シリーズ長編44『メグレと田舎教師 Maigret à l'école』(1953)


あらすじ

朝、メグレが出勤すると、司法警察の待合室に使われている、《煉獄》と呼ばれているガラス張りの部屋に一人の男が居た。
メグレは、対して気にも留めずリュカを連れて外に出る。
一仕事終えて帰ると、男はまだ待っていた。どうやら、メグレに個人的に会いたいらしい。
男は、サン・タンドレという小さな村で小学校教師をしているジョゼフ・ガスタン。
彼は、自分がよそ者なので、レオニ・ビラールという元郵便局員の老女を殺した罪を着せられそうになっていると、メグレに助けを求めに来たのだ。
メグレは、牡蠣と白ぶどう酒に惹かれて、休暇を取って村へ行く事に決めた。

村特有の閉じた空気の中をメグレは歩き回る。
閉鎖的な村の中で変わらぬ日常を生きる大人と、その姿を見つめる子ども達。
メグレは、子ども時代を過ごした故郷を思い出しながら、少しずつ真実へと近づいていく。

本の紹介と感想

長編としては44作目の作品になります。
最初にリュカが出てきますが、第二章からはレギュラーキャラクターは登場せず、現地の憲兵隊中尉・マルセルの力を借りながら、休暇中のメグレによるサン・タンドレでの物語が展開されます。

村の大人達はよそ者に猜疑的で、所得税は払わず、保険金は多額に請求している者が多く居ます。
被害者は、そんな村人の秘密を握って、汚い言葉を喚き散らす嫌われ者でした。

そんな中、ガスタンの息子・ポール、ジョゼフに疑いを向ける証言をした田園管理人の息子・マルセル、事故により足を骨折している肉屋の息子・ジョゼフの3人の子どもが印象に残りました。
メグレも、3人から丁寧に話を聞いていきます。

特に、「第六章 埋葬式の日」で、メグレとポールが対話をする場面。
ポールの両親への複雑な感情、マルセルを羨ましく思う感情、友達が欲しいという気持ち、様々な思いを、メグレは少しずつ近づくように聞いていく。
そんな時でも、今回の捜査でたびたびしているように、子ども時代の記憶がよみがえるメグレ。
そんな、短い時間が良かったです。

メグレ自身も最初は牡蠣と白ぶどう酒へ惹かれたように、ジョゼフの事を真に考える者は殆どいませんでした(マルセル達地元の捜査官も、実際に有罪だと思ってなかったのもあります)。
それでもメグレは、捜査が始まってからは真剣みが増していきますが、村人たちは最後まで、自分たちが集団で一人の人、一つの家族を追い込んでいる事を真に気に留めることはありません。それは、大人だけではなく、子ども達も同じでした。
村人たちにとっては、彼はよそ者の嫌われ者で、生贄でしかありません。ここには、それよりも守らなければならないものがあるのです。
実際、物語としても第二章で留置されてからは、ジョゼフが登場することはありません。

それでも、メグレは最後には真実へと到達し、ジョゼフの無実が証明されます。
しかし、それはこの地での暮らしを楽にする訳ではありません。
そんな虚しい気持ちも残る中、パリへ帰るメグレと一緒に物語は終わります。

メグレシリーズを代表する傑作ではありませんが、執拗に自分の故郷と村の様子を重ね合わせるメグレや、閉鎖的な村の解像度と、そこに暮らす人々の人物描写など、パリの外の事件を描いた物語として良い小説でした。結構好みです。

メグレが子供ではなくなってからもうずい分になる。彼には息子も娘もいなかった。けれども彼は、この若い話相手のように考えようと努めなければならない。

ジョルジュ・シムノン/佐伯岩夫訳『メグレ警視シリーズ24 メグレと田舎教師』河出書房新社, 1983, p178

映像化作品

ルパート・デイヴィス主演シリーズ(英)
 シリーズ2 第9話「The Liars」(1961) ※日本未紹介

ジャン・リシャール主演シリーズ(仏)
 第13話「Maigret à l'école」(1971) ※日本未紹介

マイケル・ガンボン主演シリーズ(英)
 シリーズ1 第3話「メグレと漁村の教師」(1992) 

ブリュノ・クレメール主演シリーズ(仏)
 第41話「メグレと田舎教師」(2002)


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