ハウスキーピングの向こう側 #メルカリでは売れない。
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HerBESTはミャンマーにあるハウスキーピングの会社です。ミャンマーの貧困層の女性たちが、誇りをもって働ける機会を作るために2017年に立ち上げました。HerBESTのお仕事はお客様の生活の中心となるお部屋をお掃除や、アイロンや、お洗濯などで整えることです。どんな人がどんな風に、どんなことを考えながら、そしてどんな生活をしながら、「誰か」の毎日を作っているのか、そんなこを書いていくのが「ハウスキーピングの向こう側」です。
メルカリでは売れない
先日のことだ。
スタッフのThet Thet(てって)が、仕事後に何やら本に向かっていた。真剣な眼差しで見つめる先にあった本に私は見覚えがあった。
「旅の指差し会話帳 ミャンマー語」
イラストと簡単な文字で作られるこの本は、指差すだけで、なんと現地の人と会話ができるという優れもの。知ってる人ももちろん多いと思う。幾度となく私を救ってくれたこの指差し会話帳を、てってが興味深げに眺めている。
私:「てって、何してるの?」
聞いてみると恥ずかしそうに笑った。
てって:「ねえ、この本、しばらく借りていい?」
という。
いいよ。もちろんいいよ。でも日本語が読めないてってに、何かこの本は意味があるんだろうかなんて考えながら、ちょっと興味を持ってくれたことが嬉しくて、私はもちろん快諾した。
そして数日後、「指差し会話帳」は私のもとに返ってきた。てってが日本語を覚えたかは不明だ。でも喜んでくれたようで、よかったよ。そう思って私はそれを、そっと本棚に戻した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ある日の夕方。
私は母の使わなくなった化粧品を「メルカリ」に出品した。人生初出品である。少し、緊張する。果たして売れるのだろうか。
私の緊張をよそに、ものの3分でその化粧品は売れた。ちょっとしたお小遣いを手に入れて、次回日本帰国時のランチ代にでもしようかなと母とLINEしたりなんかしていた。
すっかり調子に乗った私は、他にも今度帰国したら何かを売ってみようかなと辺りを見回した。その視線の先に、あの「指差し会話帳」があった。
私のミャンマー語はまだ十分ではない。だけど私がこの指差し会話帳を使わなくて良くなってからもう2年が過ぎようとしていた。日常の大抵の言葉は、この本なしでもなんとかなっている。そろそろお別れを告げようかなんて思って、私はその本を再び手に取った。
パラパラと本をめくる。
あの単語もこの単語も、今ではもう頭の中に入っている。
すると、私はそのページの中に、見慣れない紙が挟まっていることに気が付いた。なんだろう。
それを広げて思わず笑みが溢れた。
この一枚を書くために、きっと彼女はこの本を借りていったのだろう。
この一文字を書くために、この本をずっと眺めていたのだろう。
私はそれをみてクスッと笑って、そしてまたそっと閉じて本棚に戻した。
私がこの本をメルカリに売る日は、おそらくずっと、やってこない。
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