【月は存在しない】
子供が日本史の勉強をしているのをぼんやり眺めていて、あいかわらずあんな薄い本に日本の歴史をまとめてるって笑うしかないなと思いながら、「人が見ていない時、月は存在しない」という言葉を思い出した。
前にnoteでも書いた観測する事で結果が変わったり確定したりするってのと同じ理屈だよねきっと。こういうのって頭の良さげな人が言うとすげえーってなるけど、大抵の場合、大衆はこういう考えを屁理屈と言って鼻で笑う。
何でその言葉を思い出したかと言うと、歴史、つまり過去って今は観測できないから教科書に載っている歴史って教科書の中に存在しているだけなんだよね。書物を読んだりする事で観測している気分になっているだけで、安土桃山時代なんて生きている誰も観測してないんだから。
嫌いだった社会の先生の好きな言葉が『温故知新』、古いものをたずね求めて新しい事柄を知る意らしいんだけど、嫌いだった先生の好きな言葉なんだけどわりと好き。
それにしても歴史を学ぶってのは何かを信じるってことだよね。
モーゼが海を割ったってのを信じられないってみんな思うだろ?けど、侍は切腹……自分で腹を切ったってのは事実として受け止めて信じているじゃない?わりとどっちも信じられないレベルのことなんだけどね。
人間が海を割る、人間が自分で腹を切る……どっちもやっぱり信じられない。いやいやマジかってなる。
歴史って仮説がそのまま史実になってるときがあって、後に変更されたりもしてるから、勉強するもんでもないよなって最近は思ったりもする。
あと、小学生の頃に歴史を1番学べたのって漫画だったから、教科書とか全部漫画にすれば良いのに、なんでそうしないんだろうか。漫画のおかげで三国志なら先生に負けないって友達けっこういたのにね。
戦争のことも教科書より『はだしのゲン』の方が細かく教えてくれた気がする。ヒロポンとか教科書にも載ってたっけ?
あと社会で暴力団、ヤクザの成り立ちとか勢力図とかについても教えるべきだよね。だって目を逸らしてなかったことにしようとしても生きてりゃ視界に入ってくるんだから、認識したら、それはもう存在している。
こんな短いコラムでよく脱線できるもんだ、感心する。
月は存在していますか?