M-1グランプリのスタッフとして大事故を起こした時の思い出話
前職のテレビ業界で最後に担当した番組はM-1グランプリ。この時の私の担当領域で、長いM-1の歴史でも最大とも思えるトラブルが発生したのです。
今日はM-1グランプリ2021決勝戦の放送日です。お笑い好きの方にとっては注目の日ですよね。かく言う私もM-1には忘れられない思い出があり、毎年欠かさず見ています。私の前職はテレビ番組制作。今の仕事に転職する直前、前職の最後に担当した番組がM-1グランプリ2005、ブラックマヨネーズが優勝した時の回でした。
この時の私の役割はテロップ担当のディレクターです。M-1グランプリは生放送なので、画面上に表示される文字テロップも生で送出しています。タイミングに合わせてテロップを送出するだけのシンプルな仕事だと思ったら大間違い。この時はM-1グランプリの歴史で唯一、生放送でテロップが送出されない事故が発生したのです。
ところでみなさん、テレビではどうやってテロップを表示させているかご存知でしょうか?テロップマシンはパソコンのようなもので、3Dソフト的なものに文字を入力して、動きをプログラミングしておきます。そして、映像のタイミングに合わせてリアルタイムにテロップを本線映像に合成することで、テロップつきの映像ができあがるのです。このテロップが動きのないタイプのものでしたらとてもシンプルです。でも動きのあるテロップはあらかじめ動きを登録する必要があるわけで、当時はまだこの機材がそれほどこなれていなくて、1つの動きつきテロップを作るだけでも結構マシンパワーが必要とされていました。
迎えた生放送当日。朝から何度かリハーサルが行われるのですが、その度にチーフディレクターからテロップの修正が入りまくります。私はテロップの送出を担当するディレクターではあるのですが、実際のテロップマシンの操作は入力を担当するオペレーターがいます。チーフからの指示を受けた私がオペレーターに具体的な指示を出して反映を進めていくのですが、前述の通り修正を反映するのにけっこう時間がかかります。そうこうしている間に本番の時間が迫ってくるものの、作業はホントにギリギリ。本番開始数分前になんとか準備が整ったものの、マシンの動作がイマイチ安定せず、むちゃくちゃ不安が残る状態でした。とはいえ、この時点で本番開始のカウントダウンが始まってしまったので、もはや後には引けません。
そしていよいよM-1グランプリ2005生放送本番がスタート。バック・トゥ・ザ・フューチャーのオープニングテーマから始まり、スタジオで司会者の姿に画面がスイッチング。このタイミングで最初のテロップ「島田紳助、今田耕司、小池栄子」を送出!とボタンを押してみたのですが、無情にもテロップは表示されません。(参考までに生放送本番とDVDのキャプチャを掲載。DVDは後から追加編集してテロップを入れ直しているので、本来入れるべきテロップが掲載されていいます)
なんとかテロップを出そうといろいろやっていると、ようやく画面にフッとテロップが浮かび上がりました。でも、出てきたのは「南海キャンディーズ」
といってもテロップマシンは言うことをききません。そうこうしているうちに、7人の審査員にカメラが切り替わります。すると、なぜかその瞬間にテロップが。「島田紳助、今田耕司、小池栄子」
放送開始から5分しか経っていないのに既に超カオス。もはや制御不能です。その後、審査員の名前テロップはなぜか普通に出るも、前年度優勝者のアンタッチャブルのテロップは出ない。と、規則性もさっぱりわからない状態が続きます。こんな状態で続けることはできないので、なんとかできないか頭を捻ります。
この日の会場はテレビ朝日のスタジオですが、そもそもM-1は大阪の朝日放送の番組。なので、テレビ朝日で撮った映像を朝日放送に送り、そこから全国の系列局に送出するのです。テレビ朝日の副調整室でテロップが入れられないのであれば、朝日放送で入れるという手段もあるのではないか。そう思って大至急朝日放送に電話を入れます。すると、テロップを入れることは可能なので、テロップリストを送ってくれとのこと。よっしゃ!とガッツポーズしてみたのも束の間、冷静に考えたら当初のテロップからほぼ全て変更が入っているので最終バージョンのリストが存在しないのです。仮に時間をかけてリストを作ったとしても、リストをFAXで送って先方で打ち込んでもらう必要があります。生放送の進行中なので当然そんな時間はなく、残念ながら朝日放送でテロップを差し込む案は断念。結局テレビ朝日でなんとかしなきゃいけない状態に戻りました。
番組も後半になると多少はテロップが表示されるようになってきたのですが、それでも不安定なことには変わりありません。下手に表示しようとして全く違うものが出てしまうリスクもあるので、進行上支障がないテロップはなるべく間引いて、ここぞ!というタイミングのみテロップを出すことに。そんな状態で、テロップが出たり出なかったりを繰り返しながら生放送が終了してしまいました。
もはや疲れ果てて完全に「あしたのジョー」状態。燃え尽きて真っ白な灰となってしまいました。時は12月25日のクリスマス。放送を終えてテレビ朝日の建物を出たすぐ目の前は、ブルーLEDで有名なけやき坂イルミネーションが美しく輝いていたのだと思いますが、もはや放心状態で全く覚えていません。
教訓。本番前の限界ギリギリまで変更を加えてはいけません。限界を超えたことは絶対に歪みが生じます。限界ギリギリ状態に突入せず安定状態を維持するためにも、多少の余裕を持った進行が極めて重要であると心の底から感じた一日でした。
ということで、今夜はM-1グランプリ2021の生放送本番です。漫才を心ゆくまで楽しみながら、16年前にテロップが出なくて灰になった男がいたということをチラッと思い出してもらえたら幸いです。