少しだけ眠らない

冬の空と言えば、やはり星がより輝いて見えることでしょう。
正座に疎い私ですが、腰に3つの星を抱えたオリオン座は、
いつ見ても存在感を示しております。


私は今は地元を離れて暮らしているのですが、
住んでいるこの町に対する愛着を感じることなど、
あまり無いように思えていました。

それは暮らしているという状況の為か、
何事も、あまりにも距離が近すぎると、
見えるものも見えなくなってしまいます故、
何を感じることもないのでしょうか。

私が地元の良さに気付いたのも、
やはりそこを離れた時でした。

私は今、非常に悩ましいのです。
これから就職する企業のために、
この町を離れなければならないのです。

ここは、いつでも帰ることのできる地元と違い、
きっと離れれば最後、もう二度と戻らないのでしょう。

確かに、その気になればいつでも来ることは出来ましょう。
ただ、考えてみてほしいのです。

いつでも行く事の出来るという状態は、
余程のことがない限り、実際に向かうことはないでしょう。

もしこの場所を離れて、今いる場所を思う時、
いつか行ってみようという、その「いつか」に胡坐をかいて、
きっといつまでも訪れることのない、その時のことを思うばかり。

私はこの町に愛着は無いと言いましたが、
しかし、離れることを思って見れば、
ああ、私は知らず知らずのうちに、
この場所を愛していたのでしょう。

食事さえ惜しんで向かった図書館、
沈む夕日の光る川にかかった橋、
値引きを待ったスーパー、
名も無き路地と公園、
窓の外に見える光の一粒ずつに、
生きていた記憶を見たのです。

どうやら、無自覚のうちに、
私はこの町に、生きた跡を残していました。

記憶とは、ただ頭の中で呼び起こすだけでは、
実感のない、夢のようで、
しかしそこに、感覚を伴えば、
この身体をもってして、全てが蘇るのです。

私はここで生きていた。
言葉にすれば当たり前のことが、今更になって、
この身体に浮き上がるのでした。

だから、それら一つを染み渡らせるように、
私は夜に溺れるのです。

今夜は、眠れないのではなく、眠らない。

きっと明日には忘れてしまうとしても。

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