5分で読める現代風 宮沢賢治「ありときのこ」
アリの目線で描かれた童話「ありときのこ」は1933年8月、宮沢賢治が37歳で亡くなる直前に掲載されたものです。
その年に日本は、国際連盟を脱退。戦火が着実に近づいていました。
この作品にも当時の日本兵の格好をした兵隊アリが登場します。ですが、描かれているのは、自然の美しさと神秘。「やまなし」と同様に無邪気な子どもと大人の掛け合いも愛情にあふれています。
あまり有名では無い作品ですが、短いので良ければ読んでみてください。
「ありときのこ」(原文は青空文庫に)
一面にむした苔(こけ)に、霧がぽしゃぽしゃと降っていました。見張りのアリの兵隊は、鉄の帽子のつばの下から、するどいひとみで周囲をにらみ、青く大きなシダ植物が覆い茂った森の前をあちこち行ったり来たりしています。
向こうから、ぷるぷるぷるぷるっと1匹の蟻の兵隊が走って来ます。
「とまれ、だれだっ!」
「第128連隊の伝令です!」
「どこへ行くのだ」
「第50連隊の連隊本部です!」
見張りの兵隊は銃剣を装着したライフル銃を、相手の胸のあたりに斜めにつきつけたまま、その眼の光りようや、アゴのかたち、それから上着のそでの模様や靴の具合まで、いちいち詳しく調べます。
「よし、通れ」
伝令はいそがしくシダの森の中へはいって行きました。
霧の粒はだんだん小さく小さくなって、いまはもう、うすい乳白色のけむりに変わり、草や木が水を吸いあげる音が、あっちにもこっちにも忙がしく聞こえだしました。
見張りをしていた兵隊アリも、さすがに疲れが出てきて、とうとう眠さにふらっとしてします。
そのとき、2匹のアリの子どもたちが、手をひいて、何かひどく笑いながらやって来ました。そしてにわかに向こうの楢(なら)の木の下を見てびっくりして立ちどまります。
「あっ、あれなんだろう。あんなところにまっ白な家ができた」
「家じゃない山だ」
「昨日はなかったぞ」
「兵隊さんにきいてみよう」
「よし」
2匹のアリは走ります。
「兵隊さん、あそこにあるのはなに?」
「なんだうるさい、帰れ」
「兵隊さん、居眠りしてんだい。あすこにあるのなに?」
「うるさいなあ、どれだい、おや!」
「昨日はあんなものなかったよ」
「おい、大変だ。おい。お前たちは子どもだけれども、こういうときには立派にみんなのお役にたってくれるよなぁ。
いいか。お前はね、この森を入っていってアルキル中佐殿にお目にかかる。
それからお前は、うんと走って陸地測量部まで行くんだ。
そして2人とも、こう言うんだ。「北緯25度東経6厘(りん)のところに、目的のわからない大きな工事が始まりましたとな。2人とも言ってごらん」
「ほくい二十五ど、とうけい六りんのところに、もくてきのわからない大きなこうじがはじまりました」
「そうだ。では早く。その間、私は決してここを離れないから」
アリの子どもたちは、いちもくさんに駆けて行きます。
兵隊アリは剣をかまえて、じっとその真っ白な太い柱の、大きな屋根のある建物をにらみつけています。
それはだんだん大きくなっているようでした。その輪郭がぼんやり白く光って、ぶるぶるぶるぶる震えていることからも分かりました。
にわかにあたりがパッと暗くなり、そこらの苔はぐらぐらとゆれ、兵隊アリは夢中で頭をかかえました。眼をひらいてまた見返すと、あの真っ白な建物の柱が折れて、すっかり引っくり返っています。
そのとき、アリの子どもたちが、それぞれ同時に帰ってきました。
「兵隊さん。大丈夫だって。あれはキノコというものだって。なんでもないって。アルキル中佐はうんと笑っていたよ。それからぼくをほめたよ」
「あのね、すぐ無くなるって。地図に入れなくてもいいって。あんなもの地図に入れたり消したりしていたら、陸地測量部など百あっても足りないって。おや! 建物が引っくり返ってらぁ」
「たったいま倒れたんだ」
兵隊アリは、少しきまりが悪そうに言いました。
「なぁんだ。あっ。あんなやつも出て来たぞ」
向こうに魚の骨の形をした灰色のおかしなキノコが、とぼけたように光りながら、枝がついたり、手が出たり、だんだん地面からのびあがってきます。2匹のアリの子どもたちは、それを指さして、笑って、笑って、笑います。
霧の向こうから、大きな赤い日がのぼり、シダもスギゴケもにわかにぱっと青くなり、兵隊アリは、またいかめしくライフル銃を南の方へ構えました。
~おしまい~
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