V・ファーレン長崎2024シーズンプレビュー
①オフシーズン動向
V・ファーレン長崎の2024シーズンが1月18日から始動した。契約を更新していた監督が急に強奪されるというアクシデントも発生したが、スタッフの顔ぶれを含めてJ1昇格を十分に狙える陣容になったと言えそうだ。期限付き移籍を含めると8人が加入、14人が退団して総勢32名のスカッドとなり、昨シーズンと比較するとややスリム化した。
新しく加入した8人はそれぞれに特徴のある選手が名前を連ねた。足元の技術があるGK若原智哉、左利きのCB田中隼人、中盤の底に安定感をもたらすDH山田陸など、ボール保持を前提とした補強されているように見える。竹村TDは「昨季は課題が守備だった。改善できる中盤の選手とDF獲得に力を入れた(長崎新聞)」と語っているが、今年はむしろボールを握る時間を増やすことで相手の攻撃機会を限定するという形になりそうだ。下平HCの意向がどこまで反映されたのかは分からないが、必要とするキャラクターと新加入選手の顔ぶれは合致しているように思う。また、一度は契約満了が発表された秋野を再契約という形でチームに残すことが出来たのも下平HCにとっては僥倖だったかもしれない。
逆に退団した14名は出場機会の限られたベテランが中心となったが、主力として2,500分以上出場した3名も含まれた。波多野はレンタル元のFC東京に帰還、鍬先はJ1神戸に引き抜き、カイオは契約満了となり、トータル出場時間で換算すると30%分の戦力が退団したことになる。ジャパネットの子会社となってからは2018シーズン末(J2降格時)に次ぐ戦力の流出となった。秋野がそうであったように、カリーレが扱えないために構想外となった選手がこの1年半で何人かいたのが今さらながら悔やまれる。
2024シーズンのスカッドは上図のようになる。34歳以上のベテランはファンマを除いて契約満了、外国籍選手は10人→6人に縮小されて人件費はある程度コンパクトになったように見える。また各ポジションが若手~ベテランまでカバーできており、成長期待枠から即戦力までバランスよく揃えることが出来た。逆にCFはファンマが大黒柱になるが、外国人枠の問題でジョップに掛かる期待も非常に大きくなる。
②下平HCの戦術
サッカーは自由度が非常に高い競技で、監督の哲学も多種多様に存在する。チームビルディングにしても守備から入る監督、攻撃から入る監督と様々だ。これまでの長崎は(というかJリーグで結果を残す日本人監督の多くは)守備構築を土台に「堅守速攻」「良い守備から良い攻撃」を標榜することが多かったので、攻撃構築からチームを組み立てる下平HCは少し異質に映るかもしれない。
長崎の強化部(というよりフロント)は「川崎のようなパスサッカー」に憧れがあり、体現したいという意向があるような雰囲気を言葉の端々から感じることがある。ボールを保持して主導権を握るという試合を体現するのであれば、タイミング的にも下平HCの招聘はこの上ない人選になっただろう。
下平HCは大分で4-1-2-3を理想としながら3-4-2-1を併用していた。GK、2人のCB、DHで作られる4人のひし形でビルドアップのスキルが求める水準に達するなら4-1-2-3がファーストチョイスになりそうだ。左CBと左SBには極力左利きを置きたい意向があるので、田中隼人がポジションを掴んだり安部大晴が左SBにコンバートされる可能性があるかもしれない。
基本的に3トップは前線に張って相手のディフェンスラインを釘付けにする役割を担っており、特に両WGは個人での打開が求められるため松澤や笠柳は重宝されるだろう。もしかすると手倉森監督からコンバートされて以来SBが主戦場となっていた米田隼也がポジションをあげて、静岡学園10番らしい突破を期待されるならそれも楽しみだ。
インサイドハーフ(インテリオール)は相手がマークしづらい中間ポジションでボールを引き出して前を向く役割で、ボールを扱う技術に定評のある中村や名倉は適任となる。11人が正しい役割で連動出来れば、カリーレ長崎とは見違えるようなビルドアップを見せてもらえるはずだ。
CBを6人抱えたことから3バックを併用する可能性もありそうで、その場合のフォーメーションは3-4-2-1になるだろう。下平HCが柏U-18でそうしていたように秋野を左利きの左CBとして起用する可能性もあるかもしれない。
また下平式の3-4-2-1の場合は両ウィングバックがボール保持時にはそのままウィングの位置まで上がるので、どちらかというと攻撃的な選手を好んで起用する傾向にある。例えば松澤海斗が左ウィングバックに入っても不思議ではない。
直近2シーズンの戦術的志向を振り返ると攻撃セットプレー、左サイド攻撃、自陣ポゼッションの数値が高く出ている。特に自陣ポゼッションについては下平HCが率いたどのチームでも高い傾向にあり、前述の通り自分たちがビルドアップからスタートすることを前提としてチームビルディングをしている故の数値と言えそうだ。自陣で相手プレスを丁寧に交わしてからスピードアップする、いわゆる疑似カウンターを狙う場面も増えるだろう。
(これは片野坂大分だけど)
また下平HCの戦歴を振り返るとセンターフォワードが得点を量産できたシーズンが比較的多い。J1昇格を達成した2018シーズンの横浜FCでイバが18得点、2022シーズンは呉屋・長澤・サムエルで20得点以上を上げている。論理的に崩していってファンマ・エジガル・ジョップが仕留める形を作れると理想的だが、一方でウィングやインサイドハーフの選手にも得点力が求められる。2023シーズンはファンマが26得点を挙げてJ2得点王を獲得したが、一方でチーム内得点ランキング2位がCB櫛引という結果に終わった。マルコスや松澤海斗、中村慶太が2桁得点を狙うくらいにはチャンスに絡んでほしい。
③下平HCへの懸念
下平HCの就任を歓迎していないサポーターはほとんど見かけず(というか見たことがない)、むしろ前監督の不義理な別れ方を受けて大歓迎という雰囲気だ。ただ有能なHCを招聘できたからと言って全てがバラ色、万事上手くいくという保証はどこにもない。J1昇格を見据えたときに、懸念となる点は頭の片隅に置いておいて損はないだろう。
▶守備の安定感に欠ける
下平HCは日本人指導者にしては珍しく攻撃に軸足を置いている。その軸となるのはポゼッションになるわけだが、一方で過去率いたチームでは守備の安定感に欠けるというデータも残っている。
ACL出場を勝ち取った2017シーズンの柏レイソル、J1昇格を達成した2019シーズンの横浜FCでは1試合平均失点が1.0を下回っているが、逆にそれ以外のシーズンでは平均失点が1.0以上となっている。近年のJ2リーグで平均失点1.0以上のチームが昇格するのは非常に稀なので、攻撃に軸足を置きながら守備の形を整える必要があるだろう。
キャンプ中のインタビューでも守備を重視する声は良く挙がっており、ハイプレスによる即時奪回とミドルブロックによるゾーンディフェンスを併用するという話も聞こえてくる。松田監督が落とし込んだディシプリン(規律)をわずか1年半で霧散してしまったカリーレ長崎だったが、開幕戦の守備陣形がどれだけコンパクトになっているかは大きな楽しみの一つとなる。
▶2巡目に対策される
2023シーズンの大分では前半戦を勝点40の2位で折り返したが終わってみれば勝点62の9位。後半戦は5勝7分9敗と大きく負け越して昇格を逃す結果となった。
これは下平大分に限った話ではないが、ボール保持志向のチームは2巡目に苦戦する傾向がある。1巡目の中心選手が怪我や個人昇格で離脱したり、夏の暑さで運動量が減ったりというケースもあるが、ボール保持志向の場合はビルドアップの道筋がある程度オートマティックになることで対策をされやすくなるという事情が大きい。かつてフットボール批評の紙面で高木琢也CROも似たような話をしていた。
秋野がキャプテン就任に際して「上手くいかないときこそチーム力が問われる」というメッセージを発していたが、まさにその通りの展開になる可能性もある。まずは1巡目に新しい長崎の形をお披露目しながら、いかに2巡目に勝点のペースを落とさないかが重要になる。そのためには戦術的な鮮度の出し方、夏の補強などがキーになりそうだ。
▶ボール保持は3年掛かる
一般的にボール非保持志向はすぐに結果が出やすい傾向になる。運動量や球際、総じてインテンシティと呼ばれる部分を強調することで選手の推進力を発揮しやすく、方向性と選手編成さえばっちり決まれば監督就任1年目で成果を挙げることもできる。その最たる例はJ1のヴィッセル神戸、J2の町田ゼルビアだった(当然神戸も町田も非保持だけを頑張ったわけではないが)
一方でボール保持志向は時間が掛かる傾向にある。時間というか理想の選手を揃えるまでに金と時間が掛かるというべきだろうか。最近で振り返ればアルベルト(→松橋)新潟は3年、リカルド徳島は4年かけて昇格にたどり着いた。いずれのチームも順風満帆な時間を過ごしたわけではなく、特に新監督が就任してからは産みの苦しみを相当に味わっていた。ただその分、昇格したシーズンは圧倒的な力量差を見せつけていた。まさに石の上にも三年四年という感じだ。ボールを大事にするあまり推進力に欠けたり、GKからの繋ぎをミスしてあっさり失点したり…思えばボール保持志向だった手倉森長崎もその傾向があったように思う。
とても気の短い長崎フロントが最長2026年末まで辛抱できるのか?今のところはこの部分が一番の懸念となる。
▶Jリーグのトレンドはインテンシティ全開のトランジションサッカー
前述の通り、2023シーズンのJ1は神戸、J2は町田が制した。共通しているのはインテンシティを強調した戦術を採用したという点にある。これは近年の流行で合ったポジショナルサッカーのカウンター的なトレンドでもある。アジアカップでも保持を頑張った日本代表は保持にこだわらないイランに成すすべなく敗れたし、韓国も推進力のあるヨルダンの前に散った。
これから下平長崎が進むのは保持志向の道になる。一方町田が結果を出したことで非保持志向のクラブは鼻息を荒くして、プレスの強度を上げてくるだろう。サッカー界を席巻する大きなトレンドに飲み込まれないためにも、長崎はまず自分たちのニュートラルな状態をいち早く定める必要がある。相手のプレスを上手く引き込んで盤面をひっくり返した先には松澤、増山、ファンマの3トップが待っていると考えれば、GK・CB・アンカーのビルドアップ隊がまずは戦術的要所になりそうだ。
④さいごに
ブラジル方面から盛大な不義理をかまされたものの、災い転じて福となした陣容を整えることが出来た。選手とコーチの力量は十分。あとはシーズン開幕を楽しみに待つだけだと思っていた矢先、次はイタリア方面からお粗末な仕事をかまされてユニフォームの納品が6月中旬以降までずれ込むことになった。今シーズンは待ちに待った新スタジアム開業だというのに開幕前から踏んだり蹴ったりである。ん?この展開、前にもどこかで…
向かい風が強く吹くほど、逆境であればあるほど、我らがクラブは躍動してくれるかもしれない。そんな期待を込めてシーズンプレビューを締めたい。
過度な期待は禁物だけど今年はファンマが20点、エジガルとジョップと松澤と中村と名倉が10点ずつ、笠柳とマルコスと名倉と米田と櫛引と新井が5点ずつ決めるから総得点が100点くらいになって圧倒的に優勝すると思います。
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