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【Mリーグ】多井隆晴の初ラスに、私は震えた。

多井隆晴という人


多井隆晴。
競技プロ麻雀団体RMUの代表にして、麻雀業界を牽引するトッププロの1人だ。獲得タイトルは数知れず、放送対局でも引っ張りだこで、現在の麻雀業界は彼を中心に回っていると言っても過言ではない。

私は、彼のファンだ。
何年も前、彼が三鷹の雀荘にゲストとして招かれ、後ろ見をさせてもらったことがある。
それ以来、私は彼の精緻な読みに裏打ちされた正確な押し引きに惹かれ、アイドル好きで気さくなキャラクターに親しみを覚えるようになった。

※完全に余談だが、『なめくじハート』というのはNMB48のアルバムに収録されている楽曲のタイトルである。仕込んだネタが渋過ぎる。こんな(フォロワーのほとんどが気付かないであろう)小ネタを見つけてしまったら、好きにならざるを得ない。
そして、こうしたおちゃらけたツイートばかりしていながら、麻雀は無茶苦茶強い。

人気・実力ともにトッププロの名に相応しい多井だが、先月開幕した麻雀の革命的プロリーグ「Mリーグ」においても、所属チーム「渋谷ABEMAS」の大黒柱として大活躍している。
ここまで8戦打って1着4回、ラス0回でトータルポイント+257.3という個人成績は、全選手の中でも群を抜いている。

そんな多井が、11月15日のMリーグ第2戦に出場した。ここまでのチーム成績は、以下のようになっている。

一時は400ポイント以上を獲得して首位を独走していた渋谷ABEMASだが、徐々にその勢いを失い、首位争いは大混戦。多井としては何としても、ここで悪い流れを止めたい。
試合直前の(おちゃらけた)ツイートにも、その意気込みが滲み出ていた。

だが、そうはさせまいと強敵が立ちはだかる。対戦相手は鈴木たろう(赤坂ドリブンズ)、小林剛(U-NEXTPirates)、瀬戸熊直樹(TEAM雷電)の3人。奇しくも、各プロ団体を代表するトッププレイヤーが激突することになった。

名だたる面々が揃うMリーグの中でも、「最高峰の一戦」と呼んで差し支えないだろう。今後の行方を占う上で、極めて重要な一戦となることは、誰の目にも明らかだった。

逆風

東1局。
起家を引いた多井は、小林の役牌仕掛けをケアしつつ、以下の形で先制立直を打つ。

しかし終盤、たろうの追い掛け立直に一発で当たり牌を掴み、満貫の放銃となってしまう。

(※一発キャッチした多井)


Mリーグは赤入り麻雀なので、手牌にさえ恵まれれば、8000点のビハインドを巻き返すことはそう難しくない。
しかし、この日の多井に簡単に手が入ることはなかった。
安全牌を抱えながら丁寧に手を組み、和了への道を模索しつつも、結局は戦える形にならずに手仕舞いを強いられる、そんな展開が続いた。

非情

南2局2本場。
他家のツモとノーテン罰符で点棒を削られ、9700点持ちの3着目で迎えた多井。
配牌はこうだ。

1面子も無く嵌張塔子だらけ、決して好配牌とは言えない。

多井は、トップ目の瀬戸熊と35000点差、2着目のたろうと34000点差をつけられている。親番も落ちた状況でこれを逆転するのはかなり難しい。
一方で、ラス目の小林とは8800点しか離れていない。着順アップは見込めないのに、放銃1つでラス落ちしかねない、苦しい立場にあった。

和了って少しでも楽になりたい。しかし、小林に和了らせるわけにはいかないし、たろうや瀬戸熊に放銃するわけにもいかない。
かなりストレスの溜まる状況下、ここでもやはり、多井は隙を見せないように丁寧に手を進めていった。

7巡目。
ドラが重なり一向聴。
多井は、序盤から役牌を残して3pや2mを打つなど、目一杯に構えずに手を組んでいる。ここでも白を残して7pを切った。

ドラドラとはいえ、残った形は7sと6mの対子と嵌4sだ。余りに苦しい。自分の都合だけなら7pのくっつきは見たいはず。
しかし、これだけ形の苦しい状態で、受け駒皆無の構え方をしてよいのかどうか。そもそも、生牌の白を打ち出してよいのかどうか。
多井の雀風なら当然かも知れない。答えは、Noというわけだ。

そして、11巡目。
ドラが暗刻になり、多井は聴牌を果たす。

この半荘、多井に初めて訪れた満貫級のチャンス手だ。
しかし、場に索子は高く、この嵌4sに手応えは無い。そして何よりラス目の小林が6pを暗カンして前に出てきている。手が整っている証だ。

暗雲立ち込める聴牌形。とはいえ、勝負手であることに違いはない。多井は意を決して白を横に曲げた。
この時点で4sはたろうが2枚、瀬戸熊が1枚持っており、山に1枚だけ残っていた。

その直後の事だった。

両面両面の一向聴に構えていた小林が、「最後の4s」を引き入れて追い掛け立直をかけた。
この瞬間、私は吐きそうになった。小林は聴牌し、同時に多井が和了る可能性は、なくなった。

結局、私の流局を願う気持ちも虚しく、この局は小林のツモ和了となった。

裏ドラが3枚載って、跳満の和了。
これによって多井は、小林と10000点差のラス目で南3局を迎えることになる。

(※跳満をツモられた多井)

意志

続く南3局。小林の親番。
多井に赤2枚のチャンス手が入る。

これを立直してツモれば、再び3着浮上だ。
逆にこの手をものにできなければ、いよいよ彼にとって初めてのラスが色濃くなる、極めて重要な局面となった。

しかし、今日の多井はとことん展開に苦しめられる。
トップ目の瀬戸熊が、以下の手で先制立直をかけてきたのだ。

待ちは36sである。
これを受けて、多井の手牌は以下の通り。

実はこの瀬戸熊の立直、少し状況が特殊である。
瀬戸熊は1巡前に張っていたのを、手役などの変化を見て役無しのダマ聴とし、小林から6sが切られた後にツモ切り立直したのである。

解説の勝又プロは、「裏をかく形になっている。この(多井の)6sは危ないかも知れない。」と言ったが、なるほど、降りたくないこの局面、6sが通しやすいと判断すれば、ここで切ってもおかしくない。

私は、固唾を飲んで見守る。
少考の後、多井が選んだ牌は、1pだった。

多井にとっては、当然の1pかも知れない。
仮に6sを押したところで残った形も悪い。次巡、嵌6pをツモるが、多井はやはり1pを切り、暗刻落としへと進んでいく。

(ここは耐えて、オーラスに賭けるというわけか。10000点差なら、最後にどうにかなるかも知れない。)

一瞬、そのように思った私は、すぐに自らの浅はかさを知ることになる。
暗刻落としを終えた多井のもとに、4mがやってきたのだ。

多井、ここでいきなり無筋の打7p。
私は刮目した。「そうか、降りたんじゃない。これを待っていたんだ。」

多井は、高い守備力が持ち味の打ち手だ。
実際、この局に至るまで、他家の立直に押さないばかりか、仕掛けもケアし、守勢に回り続けてきた。

その多井が、7pを押した後、9p、8p、7m、そして赤5pと入れ替えて打5pと、一向聴で危険牌を切り飛ばし続ける。9p以外は全て無筋だ。

私はもう夢中になっていた。
そうだ、立直を受けた直後に6sを押したところで、赤5mも浮いた状態ではとても勝負手とは言えない。
嵌6pが埋まり、そして赤5mが使えるようになった今こそ、無筋を切って正面突破するに見合うというわけだ。

多井はよく、自らの守備型の麻雀を評して「ピヨピヨしている」などと言うが、1pの暗刻落としは臆病でも何でもない。一瞬の勝機に賭けて黙々と牙を研ぐ、雌伏の時間であったのだ。
あの時1pの代わりに残した6sが、見事に貴重な雀頭として機能している様を見て、私は惚れ惚れとしていた。

「多井さん、頼む。4sを持って来てくれ。勝ってくれ。」
私はただ祈る。
だが、多井が歯を食いしばって5pを押してから、瀬戸熊が3sをツモ和了るまでに、時間はかからなかった。

裏が1枚載って、瀬戸熊の1000-2000の和了。
多井は、いよいよ土俵際へと追い込まれた。

奇跡

南4局。
トップ目の瀬戸熊がラス親であるため、これが最終局になる可能性が高い。
小林と9000点差となった多井は、満貫ツモや跳満出和了で3着を狙っていくことになる。
与えられた配牌はこうだ。

ドラの北が1枚、そして第1ツモが赤5s。
ドラがある以上、満貫ツモの望みはある。ただ、形は厳しいと言わざるを得ない。

中盤過ぎ、遂にドラが重なる。しかし、完成面子は未だ5sの暗刻だけだ。
少し考えて、多井は7pを切った。

そして次巡。

既に切ってある2sを引き戻して少考し、ここで打5s。
七対子決め打ちである。腹を括ったのだ。

このような不自由な形から、面子手ですんなり仕上がるとは考えづらい。
それならば、「索子の下」という、自身の信じる牌と心中する覚悟を決めた方が、まだいくらか未来を開き得るだろう。
そこに照準を合わせたように、この後、多井は1sをツモり、3mを切っていく。

恐らくこの判断は正しい。だが、正しいからといって誰もができるわけでもない。
面子を破壊し退路を断つ勇敢さに、私は清々しい気持ちになった。この覚悟こそ、七対子の醍醐味だと思った。どうか、報われてほしい。

そして、勝負は終盤へ。
多井はまだ聴牌できずにいた。じりじりと残りのツモ番が減っていく。
トップ目の瀬戸熊は手仕舞いに入り、黙聴を入れていた2着目のたろうはそれを見て58s待ち、高め三色の立直を打った。

多井の残るツモは2回。万事休すか。
その時。

多井のツモを見て、私は震えた。
この瞬間に多井が感じたであろう鳳凰のザラリとした感触が、私の指にも伝わってきたかのようだった。

たろうからの直撃でも3着浮上(裏ドラが載れば2着!)する以上、出和了できる1m待ちにするしかない。
多井の2sが横に曲げられる。
居る。山に1枚、1mは残っている。

一発目のツモに手を伸ばす時、多井は少しだけ間を置いた。
それは多井にとって、最後のツモでもあった。

この山のどこかに1mが1枚居る。どうか、ここに…。
いつしか、私は手を握り締めていた。

結末はというと、多井が9sをツモ切った直後、たろうが最後のツモで高めの5sを引き和了り、跳満でトップを逆転。
多井は、500点持ちのラスでこの半荘を終えた。9戦目にして、初めてのラスだった。

奇跡は間に合わなかった。しかし、私の心の震えはなお収まらなかった。
ラス前での暗刻落としからのフルゼンツ、そしてオーラスでの七対子追いかけ立直。
あの最後の局面で、「2着まであるかも知れない…!」と思わせてくれる打ち手が、そこまでの形を作れる打ち手が、どれだけいるだろう。
多井は、私が見たい麻雀を、いや、それ以上の麻雀を見せてくれた。この人を、好きになってよかったと思った。

我慢

Mリーグ開幕にあたってのインタビューで、多井は自らの雀風について、
「とにかく我慢をします。」
と答えていた。
この日の麻雀を通じて、漸くその真意が垣間見えた気がした。

臆病でも、緩慢でもない。彼の我慢は、ただ一点、最後に勝ち切るために存在している。

この日、白鳥の3着と多井のラスによって、渋谷ABEMASは順位を落とし、貯金自体も2トップ分程度まで減らしてしまった。

だが、多井率いるこのチームが、このままズルズルと落ちていく事はないだろう。多井のラスを目の当たりにしてなお、いや、あのラスの引き方を見たからこそ、私はそう確信めいて思うのだ。

多井は、再びチームが飛躍する機会を虎視眈々と狙っている。そのために、今は歯を食いしばって我慢している。
正に、彼の雀風がそうであるように。

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