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赤色

わたしはわたしを殺しながら、自らを死に近付けるようにしか生きられなかった過去がある。
その象徴は赤色だった。
大嫌いな赤色だった。
毎晩、桶にたまる真っ赤なそれを眺めて妙に安心していた自分を、気持ちを、昨日のことのように思い出せる。
1本長く縦に切る。あ、足りない。もっと出てくれなきゃ物足りない。早く、安心したい。早く、早く。痛みはもうわからない。むしろ気持ちがいいような気もしちゃってる。死に近付くために切っているのに、こんなにも生温かい生を感じるなんて気持ちが悪い。
30分は切り続ける。腕は真っ赤に染まる。爪の色は白くなる。鏡にうつる自分の唇の色はない。すべてを流す。なにもなかったかのようにいつもの日常に戻る。
わたしの習慣だった。何気ない異常な日常だった。

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赤を見ると自分の血の色が浮かぶ。
大嫌いな、それでいて、安心する、あの色を思い出す。けれど、真っ赤なワンピースにも、真っ赤な本にも、真っ赤な人にも、吸い寄せられ、惹き付けられ、手にして、今現在も好きな色が赤というわたしは、ずっと生を求めているのかもしれない。

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わたしはその頃、体の中の鉄分が普通の人の3分の1程度だった。真っ白な顔と唇、黒い夜に染まる赤色の世界はわたしだけの秘密で、特別感と優越感に浸っていた。座っていても目眩はとまらなかったし、階段はのぼれなかったのに。血液検査で数値がさがっていくのを見ては、外面では「もうしません」なんて一言こぼしながら、心の奥底では安心して、にまにましている自分がいた。当然のようにそういう日も自分を真っ赤に染めた。異常だった。

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もう何回も開いた。
眠っている間に夢もみた。
わたしは昨日からずっとこの本のことで頭がいっぱいだ。同時に自分のことも思い出してしまった、しかもとてつもなく鮮明に。同じ白と赤と黒で構成されているページがあったからだろうか。

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過去のわたしはもういない。
健康的な肌の色と、血色のいい唇、古くなった傷跡たち。
安心する大嫌いな赤色を流すことはもうないかもしれない。
特別感も優越感も、もうわからないと思う。
それでも、手首から二の腕まである傷跡と、赤色を見るたびに、きっとちらちらとその光景がよみがえってしまうと思う。

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生を求めて生きているのかもしれない。
生きているのに生を求めてるなんて不思議だ、と読み返しながら、打ちながら感じる。よく読んだら、この文章自体、よくわからないものになっている。でも、いいと思っている。

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大嫌いな安心する赤色は、生きるために、昔のわたしには必要だった。
そのために、赤色を好んでいた気もする。

一晩経ち、なんでもないシャツワンピースから、白襟のついた真っ赤で特別なワンピースである「私たちのワンピース」へ着替え、纏い、ページを開き、眺めながら、触れながら、このわけのわからない文章を打っているわたしにとっての赤色は、少し違うものに変わりつつあるような気がしている。

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ずっと赤色を求めている。
それはきっとわたしが生を求めている証なのかもしれない。
「ミホの赤はもう見飽きた」なんて友達が言っていた。
そんなの知らない、と、赤色のワンピースを纏ったわたしは静かに誓う。

大好きな赤色を纏って、今日も生きている。

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#私たちのワンピース

わたしの文章で何かできそうなことがあれば、全力で力になりたいと思っています。