第一夜
朝。
歯を磨き、朝ご飯を食べる。窓の外を見ると、丘の向こうに大きなふくれ雲。
習慣のように手帳を開き、日付の横に「空は曇り、風は穏やか」と書き留める。
いつからだろう。こんなふうに、空の様子を記すようになったのは。
多分、君がいなくなってからだ。
***
散歩に出る。
並木道を歩くと、木立の間から風が吹き抜けていく。ざわざわと葉が揺れ、歌っているみたいだ。
「今日は昨日よりも少し涼しいねぇ」
隣に君がいるような気がした。
通りすがりの風が花の香りを運んでくる。淡い甘さに、ふと春の記憶が蘇る。
「この匂い、好き」
君の声が聞こえた気がした。
***
また、空を見上げた。
雲が流れていく。止まることなく、どこまでも。君のことのように。
僕はまだ、君のことを憶えている。
想いは風のように胸の中を揺れている。
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