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昭和のバスは怖かった

私は、小学生の頃から通学にバスと電車を使っていた。
電車の最寄り駅から京都市のはずれにある自宅までバスで30分。
当時は1時間に1-2本しかなく、駅で友達とバスを待ちながら空き地の草花で遊んだり、長話をして過ごしたものだ。

中学・高校は通学に塾通い、休日河原町近辺に遊びに行くときもバスを利用した。
バスに乗っている間は勉強から離れられる時間。車窓からぼんやり外を眺めるひと時が好きだった。

コロナ禍座れなかった運転席横の最前席。ここからの眺めがお気に入り。

ただ、昭和のあの時代。稀ではあるが市バスの運転手さんに相当怖い人がいた。
運賃を払うのにもたつくと「早く!」と怒られたり、急発進したり、何かとせかされた記憶がある。
また今では考えられないが、割り込む一般車とケンカする運転手さんもいた。
クラクションだけならまだしも、割り込んできた車を追いかけ、横を並走しながら窓をバーンと開け「何や今の運転、危ないやろ!気いつけろ!」と車の運転手に怒鳴り、バンッと窓を閉める。
幼心に「怖えー」と縮こまっていたことを思い出す。
令和の今、それをやったら完全アウトだ。

若い頃お世話になりました。京阪バス。

最近は車内での転倒事故の予防が徹底されたためか、全国各地どこのバスに乗っても運転手さんが優しい。
着席するまで待ってくれるし、どちらに曲がるだの過剰すぎるくらいの車内アナウンス。降車時に「行ってらっしゃい!」と声をかけてくれる素敵な運転手さんに巡り合うと、元気が出る。
昭和の運転手さんがこれをみたら、「そこまでせなあかんのか」とひっくり返るんじゃないかしら。

休日の都バス。運転手さん、ご苦労様。

バスの運転に細心の注意を払いながら、同時に車中にも気配りをしないといけない運転手さん。
昭和の頃より神経を使う場面がさらに増えていることだろう。
いつも安全運転で私たちを運んでくれる彼らには感謝しかない。

先ほどの「行ってらっしゃい!」と声をかけてくれるいつもの運転手さん。
夜は降車時に「お疲れさまでした!」と声をかけてくれる。
彼の温かい声掛けが、ひとり家路につく私の疲れを癒してくれる。