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不機嫌の理由は、案外、自分でもわからない

ひさしぶりに一人で外食をした。数カ月ぶりか、もしかしたら1年以上ぶりかもしれない。といっても、仕事で外出するついでに、近所のファミレスでランチを食べただけだ。
料理を待つ間、そして食事中、ふだんなら読書をするのだけれど、あいにく今日は本を持っていなかった。イヤホンもなかったので、字幕だけで楽しめる動画でも、と、開いたのはTEDだった。イライラして子どもを怒鳴りつけてしまったとき、どんなふうに関係を修復するべきか、というような話だった。動画を1本見る間に食事を終え、店を出た。

そして夕方。保育園のお迎えの担当は私だった。
教室から飛び出て来たときの息子はご機嫌そうに見えた。工作の作品を見せてくれた。
園庭に出ると、遊具で遊びたがった。荷物でいっぱいの私の手を一所懸命にひっぱって、遊具に誘導する。息子は、これといってやりたいものがあるわけではないようだった。思案した後、鉄棒を選んだ。まだうまくできないので「おかあさん、てつだってよ!」と言うが、園の先生方が普段どんなやり方で補助をしているのかも、息子がやりたいのが何の技なのかもわからない。どうにか鉄棒をやらせてやると、息子は拗ねたり怒ったり笑ったりしながら納得したようで門に向かってくれた。

ところが、車に乗ったものの、雲行きが怪しい。
「DVDはこれじゃない!」「はいはい、こっちがいいの?じゃあ入れるね」「自分で入れるの!」「わかったよ」「走らないで!(車を走らせるとDVDは音声だけになってしまうから)」「でも保育園の駐車場にずっといられないよ。」
どうにか車を動かして、河原で車をとめ、DVDをしばらく見る。昔話のアニメを笑って見てから、再び走り出すと今度は「家に帰りたくない!」ときた。
予想はできていた。息子は多分、家に帰ったあとの、1日の終わりに向かう雰囲気が嫌いなのだ。いつまでも遊んでいたいのに、夜が来て、眠らなければいけないから。夫が送迎の日にはワガママを言えないようで、私と二人の帰り道には毎回このセリフを言われる。
「帰りたくない?」「お寿司のお店でたべる!」「お寿司か〜、おかあさん今日はお店で食べるのいやだなあ」「カレーのところにいく!近くじゃなくて、遠いところの!」「う〜ん…、ごはんじゃなくて、ちょっと違うところに行っていい?」「どこ?」「行くところを言っても、イヤだって言わない?」「どこに行くの!?」「…ガソリン入れる」「ダメ!!」
息子の反対を押し切ってガソリンスタンドに行くと「おとうさんと一緒に来たときは、自分でやったの!」と給油をやりたがるので、仕方なく手を添えて給油をさせた。
「帰らない!マクドナルドに行く!お店で食べる!公園に行く!ねえ!帰らないで!」
息子の叫び声を聞きながら、自宅に向かった。私は反応するのをやめた。無視をした。怒鳴りつけるよりはマシだと自分に言い聞かせた。息子のコロコロ変わる要求にどう答えたらいいかも思いつかなかった。
ここしばらくの暑さで、ずっと体調が悪かった。仕事も立て込んでいた。体調の悪さからミスが出て、そのカバーのために作業が増えたせいもあって、息子を寝かしつけたあとで、自分だけ夜更かしして書類を片付けなければいけない予定だった。
息子はどうしてこんなに機嫌が悪いんだろう。昨日は私の帰りが遅かったから、そのせいだろうか。パパは厳しすぎて、二人でいると我慢させられることが多いのかな。もう少し子どもの言い分を聞いてくれればいいのに。保育園でお昼寝ができなかったのかも。週末はどうしてたんだっけ、プールに連れて行ったけど、疲れさせすぎたのかな。そんな事を考えながら、怒鳴りたい気持ちを堪えて、どうにか黙ったまま家にたどり着いた。
怒りのままに車の中で泣きながら靴を脱ぎ投げ捨てる息子を、抱き上げて玄関へ連れて行った。「ねえ!おかあさん!くつがない!くつを持ってきてよ!」ダイニングに入ったところで、息子は怒鳴りながら、たぶん体に力が入りすぎてしまったんだろう、お漏らしをした。
私は息子の肩をグッと掴んだ。濡れた足で歩き回られたら、掃除する範囲がふえる。パニックさせてはいけない。咄嗟にそう思った。できるだけ声を荒げないように気をつけて「じっとして。動かないで。止まってて。」と言い聞かせてから、雑巾を取りに行った。
ズボンが濡れたままの息子をお風呂場に連れて行って、床を拭いた。お風呂場で立ち尽くしたまま、息子は「おふろはいらない!おなかすいた!」と叫んでいる。それを横目に給湯をして、自分の服を脱いで、息子の服も脱がせて、お湯がたまりきっていない湯船に入り息子を抱きしめた。
子どもは肌が触れ合うと安心するんだって、何の記事で読んだんだっけ、と思っていたら、ようやくシクシク泣いていた息子が私の体にしがみつきながら小さな声でつぶやいた。
「きょう、うめ組さん、プールしてた。」
息子は、保育園のプールの時間をとても楽しみにしている。うめ組さんは隣のクラスで、息子はひまわり組だ。
「うめさんだけ?」「…たんぽぽさんもしてた」
ああ、そうか。
「ひまわりさんだけ、プールできなかったんだね。それは寂しかったね。プールやりたかったよね、うらやましかったね、くやしいね。」
それを必死に我慢していたんだなあ、と思ったら私の口から言葉が次々に出てきた。息子は頷いて、私の腕を抱きしめていた。

大人だって、機嫌が悪い理由をいつでもはっきりと自覚しているわけではない。子どもなら尚更だ。

夕飯を食べさせたあと、特別に夜の散歩に行った。近所の自販機まで、懐中電灯片手に、ジュースを買いに。

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