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ベルベルの心を備えよ⑤果てない砂漠へのファーストステップ、遊牧民な日々【ワルザザード】

  12月12日。5日目。すっかりマラケシュに慣れ切ったせいで出発時間を見誤り、バス出発5分前にターミナルに到着するというギリギリプレー(何も伝えていなかったのに、出がけにオーナーが温めたパンを朝食に持たせてくれてほっこりした)。
 今日乗るのは、初めてのSupratoursである。目指すは砂漠の入り口といわれる都市--ワルザザードだ。
 観光客が「サハラ砂漠ツアー」に行く手段は、おおむね2択に絞られる。マラケシュから車をチャーターし、2泊3日程度でデザートキャンプと主要な観光地を一気に回るツアーに申し込むか、バスなどの公共交通を活用して自力で回るかだ。前者は、移動について頭を悩ませる必要がなく、車でないと行きにくいスポットが多いエリアを、効率的かつ金額交渉の必要もなくまわることができる。後者は、バスの本数が少なく時間はかかるが、好きなだけ自由に旅することができる。言わずもがな、私は後者を選んだ。
 ワルザザードは、実はたったひとつの遺跡を除いて何もない小さな都市だ。バスの都合上は、ワルザザードに1日宿泊しなければならないず、直前までいく予定がなかった。
 だが、何度考えても、そのたったひとつの遺跡が私の心を捉えて離さなかった。それが、「アイトベンハッドゥ遺跡」だ。
 正直、遺跡の歴史的背景のことを私はよく知らない。ただ、地球の歩き方に堂々と載せられたその写真に深く惹き付けられた。赤い土でできた要塞のような城。そこにはベルベル人が数家族住んでいるだけだという。中を歩いたらどんな風なんだろうと思った。そこで、急遽予定を変えていくことにした。

 バスはおおむね時間通りに出発した。5時間の長旅である。途中1か所休憩があった。エッサウィラに向かうバスの時は、英語で出発時間を言ってくれたのだが、今回はアラビア語での案内で出発時間が分からなかったため、バスの周りから離れる勇気がなく、まるで休憩にならなかった。

 ワルザザードには30分ほど遅れて到着した。遺跡には車で30分かかる。タクシーか、バスターミナルから15分ほど歩いたところにあるシェアタクシーを使うしかない。
 シェアタクシーだと50dhs程度というのは事前に知っていた。バスから降りた瞬間タクシードライバーが声をかけてきたが、150dhsなどというので、私は無視して歩き出した。ドライバーはかなりしつこく、結局100dhsまで値下げしてきた。私のバックパックは瓶ビール5本を飲み込んでずっしりと重くなっていたし、600円ほど上乗せして15分歩かずにすむのは悪くないように思えた。
 そういうわけで、私はドライバーと握手してタクシーに乗り込んだ。ドライバーはすっかりご機嫌で、いくつかのささやかな観光地に立ち寄ってくれた。
 タクシーは荒野を進み、やがて小さな村についた。ドライバーの知り合いだという店で挽き肉と卵のタジンを食べ(これが信じられないくらい美味しかった)、ホテルに送り届けてもらった。追加の請求もなくひたすら親切なドライバーだった(最後まで信頼しなくてごめんと思った)。

車からの景色
モロッコ旅で一番おいしかったタジン鍋

 その日泊まるホテルは、名前からして勝手に遺跡の中にあるホテルを取ったと思っていたが、蓋を開けてみるとなんてことない普通のホステルだった。紛らわしい。
 文句を言っても仕方がないので、宿に荷物をおき、私はすぐに歩いて遺跡に向かった。10分ほど歩くと、その遺跡はすぐ目の前に現れた。

人のサイズと比べるとその大きさがわかる。頂上まで登ることができる

 干上がったような川を歩き、赤茶色の塊の麓に辿り着くと、私は一つ一つ階段を登っていった。
 遺跡の中には、ベルベル人の家族が数世帯住んでいる。遺跡と一体になって暮らしているので、歩いていると知らぬ間に家に入り込んでしまうのだ。私は期せずして不法侵入者になっていた。
 家の中にはベルベル人の女性がいた。その親切そうなベルベル人の女性は、私が日本人だと知るとお茶を振る舞ってくれた。昔ツアーで訪れた日本人をもてなしたことがあったそうだ。
 「本当は通行料で10dhsもらってるけど、日本人だからいらないわ」女性はにっこりと微笑んだ。私は女性と過去の日本人たちに感謝しながら、さらに階段を登った。

中の道はぼろぼろなところもあれば
ちゃんと整備されている場所もある

 遺跡の頂上から見る景色は、赤茶色の土と、遺跡の反対側に広がるオアシスのような緑が調和した、どこかで見た模型のようだった。私はガイド付ツアーで訪れる大量のコリアンやチャイニーズが、訪れては自撮りをして消えていくのを眺めながら、のんびりと風に吹かれた。いつまでもいられそうだった。

緑混じりの景色
この穴でチャイニーズガールが延々写真撮ってて面白かった
逆側は土ばかり

 黄昏るのに飽き、遺跡を下ると、通り道にはアクセサリーや絨毯なんかを並べた行商が開かれていた(行きは人気を避けて変な道を通ってしまったので、帰りはメジャーそうな道を通ったのだった)。
 その中に、ひときわ目を惹く男がいた。ボロボロのつばがひろい帽子に、モロッコの民族衣装である使い込まれた縦縞のジュラバ。品物であるはずの絨毯に堂々と寝そべり、そのお腹の上では子猫が仕留めたネズミの死体を咥えて遊んでいた。その男自体が一つの品物みたいで、つい私は足を止めた。
 男は客が来たことに気づくと、ゆっくりと起き上がり、どこから来たのかと私に聞いた。日本から、と答えると、ああ、日本には友達がいるんだ、と話し出した。ベルベル人らしい、下がった目尻と高い鼻、響くような低い声。彼は品物を大切そうに手にとって、これはお母さんが作ったやつなんだ、といった。普段は草原を点々としているが、たまにこうして観光地で作ったアクセサリーや化石なんかを売っているそうだ。はっきりいって私の目には、子供のおもちゃのように見えたのだけれど、あんまり大切そうに話すので、私はすっかり聞き入ってしまった。
 結局何も買ってあげられなかったが、彼らの生活を観光客が支えているんだなあと思うと、相手によっては熱心に値引きするのも考えものだなと感じた。

なぜか電話が売ってた

 宿に戻ると、オーナーがミントティーをいれてくれた。マラケシュのオーナーは少し太ったおじさんだったが、このホテルのオーナーは、もじゃもじゃな髭のせいで年上に見えるものの、20代後半と思われた。
 あたたかなミントティーを、ホテルの屋上にあるテラスでゆっくりと味わう。遺跡の上で見る夕焼けはいかにも綺麗そうだったが、もう一度上まで行く気力もなかった。それに、夕日に映える遺跡は、外から見る方がずっと魅力的に思えた。

 オーナーとおしゃべりしながら遺跡を眺めていると、耳慣れた軽快な足音がして、私は一気に心拍数が上がった。
 眼下を通ったのは、なんと馬だったのだ(庶民派の控えめ所得である私のちょっと攻めた趣味の一つに、「乗馬」がある。詳細は以前の記事をお読みいただきたい)。
「馬がいるんだね」私は努めて冷静に、オーナーに話しかけた。
 オーナーは、なんてことないように答えた。
「ベルベル人は遊牧民だからね。馬にも乗れるんだ」
「あなたも乗れるの?」
「もちろん。彼らは僕の友達で、よくいっしょに乗ってるよ。馬に乗って見る夕陽は最高だから、いつもこの時間にツーリストを連れて出掛けてるんだ」
 私はごくりと唾を飲み込んで、ものすごく期待を込めてゆっくりと言った。
「それはほんとうに、すてきだね」
 私の思いを知ってか知らずか、オーナーは、間髪入れずにあっさりと言った。
「今から乗る?」
 私は耳を疑った。明日の朝一になんとか乗れたら……という思いだったのだ。予約もせずに、いきなり今から馬にのるなんてことが、そんな僥倖がありえていいのか。
 値段を聞くと、なんと2時間で4000円くらいだった。日本だったら20,000円は確実にかかる。私が勢いよくうなずくと、彼はどこかに電話をかけて、ぺらぺらと異国の言葉を話した。そして私に向かっていった。
「10分後に出発だ。準備して下に降りてきて」

 宿を降りて3分ほど歩いたところに、その遊牧民たちの家はあった。馬は4頭いて、すべてアラブ品種だった。サラブレッドほど大きくないが、わたしがこれまで外乗してきたモンゴル馬やクォーターホースほど小さくない。
 ガイドしてくれるのは3人、落ち着いた少し年上のような男性と、陽気でガタイが良い男性、おそらくまだ15歳くらいの少年だった(宿のオーナーも一緒に来るのかと思ったが、彼は夕食の準備があるから、といって帰っていた)。
 彼らは私の名前を聞いたが、何度か聞き返した挙句、結局「君の名前は今日からファティマだ!」と言われた。適当極まりない。次に彼らはイスラム教における偉人らの名前を名乗った。本名だったのか、覚えやすくしてくれたのか、最後まで分からなかった。(しかも結局忘れた。)
 私たちはのんびりと遺跡に向かった。遺跡の前に広がる干上がった川は、馬上で見ると確かに、走ってくれと言わんばかりの広さだった。
 ゆるやかな早足で始まり、だんだんと駆け足を交えて、我々は川を渡り、林を抜け、赤茶色の世界を駆けた。小さな恐怖と、それをはるかに上回る爽快感。股の間で躍動する馬の筋肉と熱さを強く感じながら、吹きすさぶ風に身を任せる。
 遊牧民たちは走りながら叫び、異国の歌を歌った。「おれたちのファティマ!」私も一緒になって声を上げた。岩だらけの景色のはるか向こうで、輝く夕日がゆっくりと沈んでいった。

 私があまりに幸福そうに馬に乗るので、30分おまけしてあげると少年がウインクした。2時間30分にもわたる突然のサンセットライド。本当に夢みたいだった。

 宿に戻るとオーナーがタジン鍋を用意していてくれた。昼間はケフタタジンを食べたのだが、夜はチキンタジンだった。何度食べてもおいしい。

 そしてオーナーは私のためにと古いギターを弾き、さらにターバンをプレゼントしてくれた。そして真剣な目で言った。「君がいなくなるのはとっても寂しい」
 モロッコを女一人で旅していると、タクシーをシェアしただけのモロッコ人から「I miss you 」だの「You are beautiful」だの言われたり、街中で話しかけられてさんざん口説かれたりと、ちょっと怖いほどモテる。
 オーナーの言葉は嬉しかったが、これ以上親しくなると大変そうだなと、私はお礼を言って早々に部屋に引っ込んだ。

 外では野犬の声がワンワンと鳴り響いていた。
 遠くインドのことを思い出しながら、私はあたたかなベッドで眠りに落ちた。

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