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混沌と愛の国インド、美しき冬のラダック⑧いつも曇りのデリー

 11月30日(水)。飛行機は午後だったので、朝は余裕があった。ゆっくりと目覚め、前日に続き、ムスリムのパン屋街に。shabirともう一度会うのは少し気が引けたので、その手前のパン屋に行き、今度は小さいパンを2つ買った。一つ20ルピー。

 温かいうちにすぐにでも食べたかったが、インド人が食べながら歩いているのをあまり見かけないなと思い、品性ある大人として少なくとも座って食べようと、私はメインマーケットにほど近い小さなゴンパに向かった。
 ゴンパの前にある階段に腰掛け、口中の水分を奪われながらパンを食べた。昨日の平らなパンよりも小麦のサクサク感が感じられ、実に美味しい。一つの材料からここまで色々なものが作れることに感動を覚えていると、背後からチャッチャッチャッと軽快な爪の音がした。どうやら野良犬が近づいてきたらしい。レーの犬は人を襲わないので、特に警戒もしなかったが、なんだか妙に音が近いなと思い、ふと横を見ると、かなり迫力ある見た目の犬がちょこんと座ってこちらを見ていた。ボロ雑巾のように薄汚れた体、真っ赤に充血した目、噛まれたらこの世のあらゆる病気に感染しそうな雰囲気だった。およそ「ちょこんと座って」という表現が大変似つかわしくない見た目だ。
 私は流石にビビって立ち上がった。その犬は、決して襲ってはこないが、付かず離れずといった距離感でついて回ってくる。これがふわふわの毛をしたポメラニアンであったなら、こちらも微笑ましく思えるものだが、何せ見た目が壮絶すぎる。私はやむなく穏やかな朝食を早々に切り上げ、ゴンパを後にした。

こわかったけど悪い犬ではなさそうだった
食べていたパン。味付けはないが食感が美味しい

 口の中がカラカラだったので、teaとパンを売っている小さな路地に向かった。昨日の同じ店に入り、teaだけでも良いか?と聞くと、もちろんOKとのこと。昨日は地元客で混んでいたが、今日は1人しかいなかった。曜日や時間によるのかもしれない。

 のんびりとおしゃべりしているうちにいい時間になったので、宿に戻って荷物をピックアップし、初日にバスを降りたメインゲートに向かった。バス停はないが、おそらく同じところに行けばバスは捕まえられるだろうと読んでのことである。何かを待っていそうな雰囲気の女性に聞くと、空港のバスは5分後にくると教えてくれた(一回間違えて乗りそうになったがちゃんと止めてくれた)。
 最後まで人が本当に親切な街だった。

レーのメインゲート このへんでバスが出る

 国内線の手続きの遅さにヤキモキしながら、なんとか搭乗。フライトは1時間くらいで、窓の外の美しい山々を見ていると、あっという間にデリーに着いた。

離陸直後のレーの景色
着陸直後のデリーの景色 晴れているけど空気が汚い


 飛行機の外に一歩踏み出した瞬間、暑いというか、温い空気が私を包んだ。なんだか空気がざらざらしていて、ああ、デリーに来てしまったな、という感じだった。
 AirtelのSIMカードは、州が違うと電波をつかまないと聞いていたのだが、デリーでは難なく電波をキャッチした。理由はよくわからないが、ありがたい。

 デリーでは、バンガロールに駐在している友人夫婦にくっついてまわることになっていた(そうでなければとてもじゃないが観光したいと思えなかった)。バンガロールからデリーは、飛行機で4時間以上かかる長旅だという。
 空港ターミナルで友人夫婦と合流した。まずは友人が予約してくれたPCR検査をホテルで受けることが最優先事項である(インドのPCRは、ホテルや自宅に来てくれるパターンが多い)。
 ところが空港からデリーの市街地への道が大変な混雑で、思った以上に時間がかかり、PCRの予定時刻に間に合わないこととなってしまった。友人が改めてクリニックに連絡したところ、翌日8:00にホテルに来ることに。我々は一応安心して、その日のホテルである「オベロン メイデンズ」に向かった。
 デリーでのホテルは、友人夫婦のアドバイス(デリーでは高いホテルに泊まるべし)を踏まえ、五つ星ホテルを予約していた(それでも日本円で2万円しないのだから驚きである)。
 流石は五つ星というべきか、古いながらも整えられた立派な建物、行き届いたスタッフ教育。ウェルカムドリンクのホットチョコレートは、体に染み渡る美味しさだった。久しぶりの文明の渦に、私は初めて携帯を買い与えられた子供の様に興奮した。そして8日ぶりに、まともなお湯でまともなシャワーを浴びる恩顧を受けたのであった。蛇口を捻ったら、水どころか、お湯までがふんだんに出てくるという環境に、私は心から感動した。
 シャワーを浴びて1週間ぶりにクリーンな体になったので、作ってもらったパンジャビドレスを着ることにした。デリーの気候にはまさにちょうどよい格好であった。

 夕食は、友人が見つけておいてくれたオシャレでアルコールが飲める(重要)インド料理店に向かった(何もかも至れり尽くせりで頭が上がらない)。
 インドにおけるアルコール類は買える場所がかなり限られているので、私はインドに来てから一度も酒類を口にしていなかった。クラブミュージックのような爆音流れる店内でーーインドのアルコールが飲める店は大抵そのような雰囲気らしいーーキングフィッシャーというご当地ビールを飲んだ。
 駐在生活の話にあまりに新鮮だった。ドライバー付きのセレブな生活スタイルに笑ったり、いわゆる「駐妻」たちの抱くフィクションみたいな価値観に驚愕のため息を吐いたり、あの世界観の中で生きていくのは絶対無理だなと自分には絶対に起こりえないたらればを考えたりした。
 久しぶりのアルコールの効果もあって、夢中になって話していると、気づけば23時になっていた。私たちは翌日に向けてホテルに戻った。翌朝、あんなドタバタが待ち受けてるなんて、このときは本当に思いもしなかった。


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