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ジョージア、天国に一番近い国(4)今日だけはアンチタクシーで【カズベキ】

 12月29日、3日目。昨晩はすっかり遅くなってしまったが、この日はトビリシより北部に位置する都市、カズベキに行くことにしていた。
 カズベキ――正確にはステパンツミンダという――は、標高5,000mを超えるジョージアで3番目に標高の高いカズベキ山に隣接する都市だ。カズベキのハイライトは、標高2,000m以上の地点に位置し、「天国に一番近い教会」と称される、ゲルゲティ教会である。人々が信仰し集う場所であるはずの教会が、周りに何もないだだっ広い山頂にぽつんとある様は、ひどく不自然なようにも思えたし、いっそ当然のことであるようにも思えて、どうしても直接見たくなったのだ。

 カズベキへの行き方は、ジョージアで非常にメジャーな交通手段である「マルシュートカ」(以下、マルシュという)を使う。マルシュは、乗り合いタクシー・バスのようなもので、その大きさは6人乗り程度の小規模なものから、大型バスまでさまざまだ。
 マルシュは発着場所がトビリシ市内にいくつかあり、どの都市に行きたいかで場所が違うのだが、たいていトビリシ北部のDidube(ディドゥベ)から発着する。カズベキもご多分に漏れず、Didubeからの出発だった。
マルシュは発着時間が決まっているものもあるが、たいていの場合は、人が集まるまで待って、満車になったら出発する。確実に行きたいのであれば、早めに言っておくのが吉だ。
 そんなわけで、Didubeには地下鉄でも行けるが、朝早く到着したかったのでタクシーを使った。カズベキ行きのマルシュは人気路線なので、ハイシーズンの夏には定時運行がなされているらしいのだが、冬にどうなっているかわからなかったので、早めに行くことにしたのだ。
 Didubeにはたくさんのバスが止まっていて、あちこちで都市の名前を叫ぶおじさんがいた。カズベキはどこか聞き、言われるがままの方向に向かうと、「カズベキ」と書かれたプレートをフロントガラスに示した車にたどり着いた。
 時間は8:00くらい。まだ車内には誰もいなかった。せっかくなのでドライバーに身振り手振りでお願いし、助手席を確保。人が集まるまで時間がありそうだったので、Didubeの駅前に立ち並ぶ露店でパン(ハチャプリ)を買い。口いっぱいに頬張りながら人が集まるのを待った。ハチャプリ、もちもちであったかくて、幸せだなあ。

駅前
カズベキとグダウリ行き
ハチャプリ

 ちゃんと人が集まるか心配だったが、案外スムーズに乗客が来て、9:00には出発した。カズベキ行きのマルシュは観光客向けなので、途中、トビリシ~カズベキ間の観光スポットである「アナヌリ教会」と「ロシア・ジョージア友好モニュメント」に立ち寄ってくれるのがいいところだ。
 湖畔にたたずむアナヌリ教会に到着したのは、出発から1時間ほど経過した10:00くらいだった。本当はちょうど10時にオープンするはずだったのだが、冬だからか、開いていなかった。残念。教会の周りを散策して車に戻る。

アナヌリ教会
犬がいっぱい

 トビリシからカズベキに向かう道路はジョージア軍用道路と呼ばれ、だだっ広い草原をひた走る景観が美しい。前日が夜遅かったせいでぼーっとする頭で、フロントガラスに広がる草原をぼーっと眺めた。北上するにつれ、雪交じりになる景観が美しかった。

 カズベキに向かう途中には、グダウリという町がある。ここはスキーリゾートとして有名なようで、車内に乗っていた家族連れはグダウリのスキーセンターらしき場所で途中下車していった。そうか、スキーもできるっちゃできるのか。この日はカズベキで一泊することが決まっていたのだが、翌日の予定は、夜までにトビリシに戻ること以外特に決まっていなかった。スキー、してもいいかもな。
 決め切れなかったものの、一応、マルシュが通過するルートはチェックしておいた。

モニュメント 詳細はよく知らない
雪景色が美しい

 13時くらいだろうか、ようやくカズベキに到着。長かった。
人はほとんどいなかった。ひとまず宿に荷物を置くため、地図を開く。カズベキの街は、中心に道路が一本通り、両側に向かって高くなっていく地形だ。宿をとったときはそんなこと全然考えずにとっていたので、ひどい坂を登らなくてはいけなかった。やれやれ。
つるつる滑りそうになりながら宿にたどり着いたが、フロントなどもなく、入り方が全く分からない。困り果てて電話すると、すぐに女性が案内にきてくれた。助かった。

ここにも犬
おしゃれ系
牛もいる
よくわかんないけど綺麗


宿の部屋はこぎれいで雰囲気もよく、私しかゲストがいないようで、ひどく静かだった。荷物を置いて一息つく。
 さて、どうするか。
 ゲルゲティ教会に行くための手段はシンプルに2つ。タクシーか、徒歩だ。タクシーで行くと20分くらい、料金は3,000円くらいだ。一方、徒歩で行くルートは5キロほどあって、Google mapによれば1.5時間はかかるようだったし、道中とんでもない雪道であることは容易に想像できた。
 時刻はその時点で13時半くらい。往復3時間かかるとして、戻ってくるのは夕方だろう。帰り道が暗くなってしまったら困るし、登山は素人だし、現実的に考えてタクシーが無難な選択肢であることは火を見るより明らかだった。
 だから、歩くことにした。

 万全の防寒をして部屋を出る。出発前に食べたハチャプリのボリュームがとんでもなかったので、お昼すぎてもお腹は空いていなかった。とはいえ、一応5キロの雪道を登るわけだし、何も食べないのも心配だ。行きたいお店はクローズだったし、近場のお店は6人程度の団体がいて出てくるのに時間がかかりそうだった。団体客の後だと出発が遅くなってしまいそうで嫌だったので、レストランで食べることはあきらめ、SPUR(日本でいうまいばすけっとみたいな、コンビニとスーパーの間くらいのお店)に立ち寄り、ホットドックとチョコレートを買った。水とチョコレートがあれば人は死なない。

ホットドックをかじりながら出発。住宅が立ち並ぶ道を歩いていると、遠くで馬に乗る村人を見かけた。こうした町ではまだ馬が交通手段として生きているのだ。
 市街地を抜けるだけで、30分くらいかかった。果てしなすぎる……。後悔しながら(未練がましくBoltでタクシーを検索するレベルで後悔した)、雪道を登り始める。街なかでなぜか後ろからついてきた犬の存在が頼もしかった。

うし
コワモテの犬

うねうねとした山道を犬と一緒にひたすら登る。徒歩で登っている人を何組か追い抜いた。他に人がいるのは安心感があっていい。

こんな感じの道をひたすら歩く
かわいい
疲れすぎて全然写真がない

 文章にするようなことはほとんどないのだけれど、とにかく道中はひたすら長く、ひたすらつらかった。車が通るような道をただ登っているだけなので、傾斜は緩やかだがただただ長いという感じ。途中何度もツアーと思しき車に追い抜かされ歯噛みした。車でさっと楽にいって見る景色と、これだけ苦労して見る景色はけた違いに美しく感じるに違いない。そう信じないとやってられねえ、と思った。

 道中ずっとついてきた犬にはさすがに愛着がわき、ペットボルの水を与えたりしていたのだが、下山してきたナイスガイたちにかわいがられてしまい、そのまま一緒に来た道を引き返してしまった。フラれた……ショック。

 しかも、夏なら通れるはずだったショートカットの道(Google mapだと出てくる)が、冬季は積雪で全く通れない状況で、大幅な迂回ルートを通らなければならなかった。5キロでつくはずが、なんとプラス2.3キロ。絶望で膝をつきそうになった。でも行くしかない。

 迂回ルートは、これまでより道幅が狭い上に、轍がくっきりと残っているため歩ける場所が限られており、かなり控えめに言って最悪の歩き心地だった。基本は轍に沿って歩くのだが、時折後ろからやってくる車の為に、両脇の積もり積もった雪の中に足を突っ込んで避けなければならず、タクシー利用層へのヘイトを高めざるを得なかった。そのくらい疲れていた。犬もいないし。

通れるはずだった道
迂回ルート

 なにくそ、と思いながら、延々と道を登っていると、道幅がさらに少し狭くなり、両側の木がなくなって、ラストスパート感のある道になった。そろそろかな、と思いながら、何気なく、緩いカーブを描く道を曲がって。
 目に飛び込んできた景色は、本当に、本当に、本当に美しかった。思わず、一人で声を上げて笑ってしまった。
 どんと広がるだだっ広い空間の向こうに、ポツンとたたずむ教会。どうしてこんな場所に作ったのだろう。あまりにも美しすぎる空間だった。誇張ではなく一瞬にして疲れが吹き飛んだ。

ここを曲がって見えた景色がすごかった
写真では伝わりませんね、あの感動は

 教会に入ってみる。建物の中は実にシンプルだった。薄暗い室内に、数枚の絵が飾られており、管理人と思しき老人が一人で粛々と本を読んでいた。それ以外は何の音もせず、ただただそこにあった。
 私はしばらくその空間で、老人がページをめくる音をじっと聞いていた。

 帰りはタクシーにしようと思っていたのだが、フリーのドライバーらしき人もおらず、まあもういいかと、歩くことにした。ちょっと目を離したすきに途中の道で車がスリップして登れないというトラブルが起きていた。
 この場所は絶対自分の足で来たほうがいいですよと、せかせかしたツーリストたちに教えてあげたかった。

大惨事
ステパンツミンダのまち
謎の廃バス
ネコチャン!


下山するころにはくたくただった。さすがに往復10キロの山道、疲れて当たり前か。時刻は17時くらいだった。
 ランチで行こうとしてしまっていたお店が開いていたので入ってみることに。気になっていたハルチョースープと、オジャフリ(ジョージアの肉じゃがみたいな料理)を食べる。このオジャフリがとんでもなくおいしくて最高だった。もちろん赤ワインもいただく。

ハルチョースープ
オジャフリ
寒すぎてコーヒー頼んだらまさかのトルココーヒー
ここにもクリスマスの気配が

 カズベキからトビリシに向かうマルシュは結構遅い時間まであるので、その気になれば日帰りも可能なのだが、泊まることにしたのは理由があった。こういう、寒くて山に囲まれた場所では、朝日がとても映えるのだ。事前に、朝日がきれいに見える場所が、宿から40分ほど歩いた場所にあるという情報を収集していた。今日の登山をこなしたことで謎の自信がつき、翌朝も登るつもりだった。
 ということで、時間はまだ寝るにはかなり早かったが、翌朝に備えて就寝することにした(ちなみにこの宿、全然暖房きかないし、シャワーの途中でお湯が出なくなるしで、踏んだり蹴ったりだった)。

 夜中に、胃が張るような感覚が強くなり、苦しくて目が覚めた。あまりないことだったので戸惑う。とりあえずトイレに行くと、めちゃくちゃにお腹を下していた。そればかりか、急に強い吐き気を催し、げろげろ吐いてしまったのだった。急すぎて原因が全く分からなかったし、海外でこんな目に遭ったのは初めてで、びっくりしたし、めちゃくちゃびびった。そこからはトイレとベッドを行ったり来たり。あわや眠れないかと思ったが、最終的にはすべて出し切り、なんとか眠ることに成功したのだった。

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