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ジョージア、天国に一番近い国(2)「無宗教」へのささやかな懸念【トビリシ】

 朝、7:30に目覚ましが鳴った。まだ外は薄暗い。ジョージアは日本より日の出が遅いようだ。

 旅先なのにわざわざ目覚ましをかけて起きているのには意味がある。
 二日目の今日は、トビリシを歩き回る予定にしていた。ジョージアの首都であるトビリシには、教会を中心とする観光スポットがいくつかあるが、いずれも地下鉄やバス、徒歩で訪れることが可能である。
 そして、私が一番行きたかった教会は「ツミンダ・サメバ」という教会だった。街なかから少し外れた高台に位置するその教会は、トビリシのどこからでも見えるランドマークのような存在で、その規模は大きく、どこか心惹かれる見た目だった。
 往々にして宗教施設は、朝一の人がいない時間帯に行くのが一番だ。同じ場所でも、たくさんの観光客がおしゃべりをして写真を撮る空間で、宗教施設の有する独特の空気感をゆっくりと感じ取ることは大変に難しい。だから、一番心惹かれま教会には、できるだけ早い時間に行きたかったのだ。
 そんなわけで、ツミンダ・サメバ教会がオープンする8:30を目指し、ちょこっと早起きしたのである。早速Bolt(タクシーアプリ)を起動し、車を呼んだ。教会までは車で15分、たったの300円くらいだった。実にありがたい。

 タクシーは教会の裏口のようなところに到着した。おそるおそる門に近づくと、警備員が立っている。入っていいかと聞くと、当然のようにYESだった。よかった。ここまできて開いてなかったら悲しい。

 夜が明けたてで寝ぼけ眼のその教会は、あまりにも音がなく、息をするのもはばかられた。高台にあるせいか、一際冷たい風が強く吹きすさび、私の髪の毛を容赦なくぐちゃぐちゃにした。街なかにある教会とは一線を画すその建物の規模感や、敷地の広さに圧倒された。


 ぱっと見、扉が開いていなかったので、ひょっとすると入れないのではとひやひやしたが(宗教施設が何かしらの理由で中に入れないことはよくあることだ)、建物の外側をぐるっと一周してみると、うっすらと開いている扉を発見した。恐る恐る押してみると、その木の扉は難なく開いた。薄暗い空間にするりと滑り込む。
 そして息をのんだ。

 合理性の塊のような近代のオフィスビルでは考えられない、あまりにも大きすぎる空間に、どこからか祈りをささげる神父の低い声が鳴り響いていた。あまりに絶え間なく続くので、ひょっとして録音なのではないかと思うほどだった。奥の壁には巨大な聖人が描かれており、少しぞっとするような薄暗い色合いで、目は真っ黒に塗りつぶされている。時折、どこからか信者が現れて、その空間のあちらこちらに飾られた聖人たちの絵画に、いかにもいとおしそうなキスをして、十字架を切っていた。
 私はその異様ともいえる雰囲気に、ただただ圧倒されて立ち尽くした。そして、確固たる宗教を持たないということは、ともすると人生最大の喜びを失っていることに近しいのではないかと思った。それほど美しかった。

 ゆっくりとその大空間を歩いていると、ひっそりと隠れるような扉の向こうに、階段があるのを見つけた。立入禁止とは書かれていなかったので、ひとまず降りてみる。大空間を一歩出て階段を降り始めると、祈りの声はまるでスイッチを切ったように聞こえなくなり、再び静寂が訪れた。

 地下に降り、再び扉を開いて、私はまたもあっと息をのんだ。
 なんとそこには、またも大聖堂が広がっていた。地下にもあったのだ。
 そして、階上の声とはまた違った祈りの声が玲瓏と響いていた。
 まさか、地下にも同じような大聖堂があるだなんて。本当に本当に想像していなかったので、私は驚きすぎて、一人で声をあげそうになった。そして再び、その祈りの強さに圧倒されたのだった。

 思う存分その祈りの声を聴き、私は結局1時間以上その教会にいた。
 ようやく外に出て、再び強風に頭を荒らされながら、教会の庭を散策した。近所のおじさんらしき人が、小さな毛玉のような犬を放し飼いにしていた(ジョージアの犬は放し飼いが多い)。

敷地内にはよくわからない建物がたくさん
毛玉犬
私の足元まで来でちょっと怖かった

 今度は正面から教会を出る。第一目的は達成したので、あとはもう時間と体力と気分の赴くまま、トビリシを散策するだけだ。まずは近場の有名どころを見ようと思い立ち、歩いて25分ほどの距離にあるメテヒ教会を目指すことにした(Boltを使ってもよかったのだが、街歩きが好きなこともあり、歩いてみることにしたのだ)。

 おなかが空いたので、ツミンダサメバ教会の近くにあるパン屋で適当なパンを買った。このときはあまり意識せずに買ったのだが、もちもちの真四角なパンの上にたっぷりとチーズが乗った「ハチャプリ」というジョージアの名物といえるパンだ。ジョージアはとかくパン屋が多く、しかも大体この「ハチャプリ」ばっかりだ。3GEL(150円くらい)で買えるのにボリューム満点で、1枚でお腹がパンパンになる代物だ。

街角のパン屋
でっかいパン

 道中のスーパーでコーヒーを買い、パンをかじりながら坂を下った。ジョージアの街並みはやっぱりどこもヨーロッパらしい雰囲気で、石畳が実におしゃれな感じだった。高台にある教会から街なかに向かって下っていく格好なので、トビリシの街が良く見えた。

 トビリシは、中心を大きな川が流れており、川を挟んで西側と東側にそれぞれ町が広がっている。西側は、観光スポットが集積するちょっとがやがやしたエリアで、東側はトビリシ中央駅などを中心とする住宅地だ。私はそのとき、ゲルニティ教会が東側の丘にあったことから、東側の住宅地に宿泊していた。メテヒ教会はというと、ちょうど川沿いのど真ん中に位置しているので、ゲルニティ教会からメテヒ教会に向かって坂を下り、そこから川を渡って東側の観光地を見て回ろうという作戦というわけだ。
 ちなみに、メテヒ教会の近くには、風変わりなオブジェや橋がある公園(リケ公園、という)があり、そこからロープウェーが西側の丘まで運行している。西側の丘(ツミンダサメバ教会の真反対にあたる)には、ナリカラ城塞という遺跡がある。

 街なかのささやかな看板や植物を楽しみながら歩き、ようやくメテヒ教会に到着した。メテヒ教会は、ゲルニティ教会と比べてかなり小規模な教会で、かなり気合の入った(古びた)建物である。中に一歩入ると、小さな空間に所狭しと絵画が並べられており、信者たちがそれぞれキスをしていた。実に不思議な光景だ。 メテヒ教会からは、トビリシ中心を流れる川が良く見えた。川がある都市は好きだ。穏やかな気持ちで見ようとしたのだが、その広い川は引くほど茶色く濁っていて、とてもじゃないけど楽しめる感じじゃなかった。風もめちゃくちゃ強かった。私はちょっとだけ黄昏ようとしていた気持ちを捨て去り、メテヒ教会を出た。

住所の表記は全部こんな感じ
かわいらしい出窓 ヨーロッパ感
水が滴り続ける謎のエリア
リケ公園
ロープウェイ
遠くに見えるナリカラ要塞
メテヒ教会(内部撮影禁止)
きっ……たねえ川

 ロープウェーに乗ってナリカラ要塞に行ってみようかと思ったのだが、あまりの強風で運休になっていた。ジョージア初日だったので、こんなに風が強い場所なんだなあなんてのんきに思っていたけれど、かなり珍しい事態だったようだ。

 やむなく歩いて東側の観光エリアに向かう。風が強いので鬼のように寒くて、思わずスーパーに売っていた雑魚手袋を購入してしまった(手袋は失くしやすいので持ってこなかったのだ)。普段コンビニに売っている手袋を見て「コンビニで手袋買うってどんな需要だよ」なんて小ばかにしている諸君、こういう人が買うのだよ。

 東側は、西側に比べてなんとなく華やかというか、浮ついているというか、建物の装飾もちょっと凝っていて、人の目を気にして作った町という感じがした。

  シオニ教会は、メテヒ教会と同じく街なかの小規模な教会という感じだった。内部は、小規模ながら所狭しとフレスコ画が描かれ、差し込む日差しが神々しかった。

看板は撮る
いかにもなカフェたち
犬がいるあたりアジア感 のびのびとしている
オサレ〜なコーヒースタンド
シオニ教会 見た目は地味
内部がすごかった!!


 早々にシオニ教会を出て、ナリカラ要塞に向かっていると、ちょうど要塞に向かって登っていく坂のふもとにある広場の近くに、「MAIDAN BAZAR」なる看板を見つけた。ガイドブックで見た覚えのある名前だ。地下に作られたバザールらしい。
 立地的にはいつでも来られそうな感じがしたが、行けるときに行っといたほうがいいかもしれない。階段を降りて木製の扉を開いた。

 広がっていたのは、洞窟のように丸い天井、オレンジ色の照明、ところせましと並べられた用途のわからない雑貨やいかにも手作りのウールの小物、年代物のほこりをかぶったワイン。まるでジブリの世界観だった。
 すっかり楽しい気持ちになって物色する。店員の押し売りは全然なかったし、全部の品物に値札がついていて良心的だった。私は「防寒具だから」と言い訳しながら白いウールの帽子を買い、さらには「見つけたときに買った方がいいから」と姪っ子たちへのお土産にぬいぐるみ(パペットマペット)を買った。

こんなの入るよね?
入るでしょ〜



長くなりすぎたので2部に分けます。(ここまでで午前も終わってない)

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