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ビニール袋の未知と灼熱②メコン川的日常【ルアンバパーン】

 2024年5月1日。突然の太鼓の音で私ははっきりと目を覚ました。時刻は朝4時。何事かとまだ暗闇の外に出ると、宿の目の前のメインストリート沿いにカラフルなお風呂のイスのようなプラスチックの物体が配置されていた。
 近くにいたおばちゃんが、私を見つけるなりつつつと寄ってきたかと思うと、カオニャオとお菓子が詰まった籠を1つずつと、頭にかぶるスカーフみたいなものを押し付け、私をお風呂イス(青)に座らせた(ついでにあれよあれよという間に100kキープを支払わされた)。
 ここルアンバパーンは、「托鉢」が雨の日も風の日も早朝から行われている都市だ。托鉢では、鮮やかなオレンジ色の僧衣を来た子供からお爺さんまでの僧たちが早朝から街を練り歩き、彼らにお菓子やカオニャオを差し上げることで、信者に徳を積ませる修行の一つである。すでに大いに観光資源化していることは、控えめに言っても全く否めないものの、街全体が世界遺産であるルアンバパーンで行われるその時間は、やはり尊いものがあるのではないかと思うのだ。そんなわけで私も参加してみることにしたのだった。
 おばちゃんに、托鉢は何時に始まるのか聞くと、朝6時からという。まだ4時半だ。さすがに早すぎるので、少しだけ二度寝。

やすっちい椅子
カオニャオとはもち米のことです



 次に起きると少しだけ外は明るくなっていた。ラオスではモロッコやジョージアと全く異なり、青空ってものがほとんど見られない。そういえばデリーや上海はずっと曇りだったな。曇り空なのに、太陽だけがくっきりと浮かんでいて、日光パワーの強さを感じた。
 私は再び自分の定位置に座って、托鉢が始まるのをぼんやりと待っていた。

 それは唐突に、ほとんど義務的に始まった。オレンジ色の僧衣を来た少年たちが続々と列をなして街角から現れたのである。私が姿勢を正す間もなく、駅の改札機にSuicaをかざすみたいに自然に、彼らは観光客の前を通過していった。神妙な気持ちで供物を差し上げるひまはなく、とにかく次から次へと僧たちが現れるので、カオニャオを握ってお渡しし、時にはお菓子を差し上げた。
 工場作業みたいだ。カオニャオ職人の私。
 周りはツーリストだらけでシュールだった。伝統もかたなしだな。

足元だとぎりぎり厳粛?だけど
視線上げるとこう

 あっという間に托鉢の時間は終わり、宿で自転車を借りてモーニングマーケットに向かった。ラオスの朝食はお粥が多いみたいで、そこら中の屋台がお粥を出し、ツーリストが灼熱の中灼熱のお粥をすすっていた。こういうところも中国っぽい。中国人に合わせてお粥を出しているのか、ラオスの伝統的料理がお粥なのか、もはや私にはわからなかった。
 モーニングマーケットは生鮮食品が多かったので、マンゴスチンを一袋購入した。1kgあたり400kキープだった。あまりにも安い。それから屋台で赤米と黒米がミックスされたものにココナッツのような白いものを振りかけた謎過ぎる食べ物がおいしそうに見えて買った。謎の白い粉をトッピングされてビビったが砂糖だった。ラオスの料理は本当に何が何だかわからない。

なぞのうまかったやつ

 そのまま自転車で、前の日に教えてもらった船着き場に向かった(今日はメコン川を俎上する船に乗るのが目標だ)。ところが誰も見当たらない。周辺で工事をしているおじさんに聞くと、河原に降りるよう指示された。苦労して下まで降りると、いかにも英語が通じなさそうな真っ黒に焼けたおじさんが現れた。ダメもとで聞いてみると案外通じて(見た目で判断してごめんと思った)、8:30に出向するとのこと。料金は150kキープ。托鉢以上マンゴスチン未満だ。
 1時間ほど時間があったので、近くのカフェでコーヒーを飲んで待機した(ルアンバパーンは結構おしゃれぶったカフェが多い)。

 時間になったので船乗り場に戻ると、日本人らしき3人組がいた。
 私には旅先で会って嬉しいタイプの日本人と、そうでないタイプの日本人がいる。残念ながら彼らは後者だった。つまり、(これが伝わるかわからないが)日本人的日本人なのである。彼らは連れ立って旅することしかできないようだったし、私の真後ろに座って会社の営業の話を延々としていて実に辟易した。私はとかくひとり旅ではない日本人と海外で会うのがかなり嫌らしい。ルアンバパーンは案外日本人のグループやカップル旅行を見かけて、できるだけ声を聞かないように逃げ回っていた。なんで海外に来てまで日本語を耳にしなければらないのかとすら思った。相手からしたら理不尽すぎる話だが。

 そんなわけでBGMは最悪だったけれど、メコン川ツアーは実によかった。川は濁り散らかしていて目も当てられない感じだったけれど、その穏やかさとか、ところどころに停泊している船に洗濯物がかかっている生活の感じとか、水浴びしている水牛とかがすごくよかった。メコン川的日常。

鼻面が長い
運転ありがとう
バイクとか乗せてる

ボートはかくして最初の目的地である「サンハイ村」についた。サンハイ村は、織物と、ラオ・ラーオというラオスウイスキーだとかラオスワインだとか言われる飲み物(製造方法を鑑みると蒸留酒なのでラオスウイスキーが正しいと思うが、ラベルはワインを名乗っていた)が名産だった。村は静かで、ほとんど人がいなかった。私は小さなラオ・ラーオを4本買った(しっかり値引き交渉もした)。散策時間はたったの20分しかなかったけれど、洗濯物が干された油断しきった民家なんかを見て大変楽しんだ。

犬もダレる暑さ
さすがの僧もダレる暑さ

 船は再びメコン川を俎上し、パーク・ウー・ケイブに到着した。簡単に言えば、洞窟の中に大量の仏像が並べられている場所だ。日本にも数で勝負しているところあるよね。そういう感じです。
 仏像を仏像たらしめているものは一体何なんだろう?何もかもが破損したかけらが胸を張って並んでいるのを見ながらそんなことを考えていた。

圧巻

 道の途中にひっそりと階段があったのでのぞいてみると、どうやら今は使われていない別の船着き場に降りられるようだった。水牛たちがのそのそとうろついているのが見え、心惹かれたので降りてみることにした。水牛たちは濁りすぎて土と同じ色になっているメコン川にぼたぼたと糞をしていた。
 私はそれを漠然と見ながら、汚いという概念についてぼんやりと考える。何が汚くて何が汚くないのか。汚いというのはどういうことなのか。そのラベルに意味はあるのだろうか。
 素知らぬ顔をしてメコン川は流れていく。

3頭くらいいました

 集合時間になったので船に戻った(水牛たちは相変わらずメコン川に糞を垂れ流していた)。
 下りの方が水が跳ねてくるように感じた。勢いがいいのかもしれない。

 ルアンバパーンには13時に到着した。まだ半日とは。1日が長いな。ラオス料理を求めてさまよい、路地裏にある一番やる気のなさそうなお店に入った。食べるところは屋外しかなく、奥にあるキッチン兼自宅でお母さんがでろんと寝転んでいたのがかなりよかった。ここでカオソーイを初めて食べて、辛いけどとても気に入った。

左側のお店

 暇に任せて、近場の国立博物館に入ってみる。建物がダントツきれいなのだ。ただ、博物館はカメラとスマホはおろかなんと水すら持ち込み禁止でウケた。死者が出てもおかしくない。
 建物内部は、きらきらと輝くガラスのような細かいタイルで装飾が施されており、よく見たら王族の家を再現しているようだった。もっと暑くなかったらゆっくり見たかったけれど、水もない中でのんびり施設見学していたらぶっ倒れそうだった。

 見るものも見たので、自転車をゲストハウスに返却し、トゥクトゥクでその日の宿に向かった。実はこの日はなんと、ラオスのくせに日本円で3万円もする五つ星ホテルに宿泊する予定だった。ルアンバパーンはアマンの創業者が気に入った地域の一つで、アマンのセカンドラインのホテルを建設している。今は運営は変わってしまったようだが、かつてアマンクラスだったホテルに3万円程度で泊まれるのであれば万々歳だ。こんな旅のど真ん中で泊まるのも微妙といえば微妙なんだけれど、旅程の都合上ベストな日がここしかなかったのである。
 そんなわけで私は高級ホテル「Avani」に一歩足を踏み入れた。

トゥクトゥクより
中庭かっけえ〜


85%がベッドで最高


 立地はナイトマーケットが目の前なので相当に騒がしいはずなのだが、入り口に入ってすぐがフロントで、どでかい中庭が広がり、宿泊棟が一番奥にあるという配置のため、立地は最高なのに宿泊部屋は静かという設計の妙ふんだんに発揮されていた。そしていかんせん部屋の居心地が素晴らしかった。当然ながらバスルームとトイレは別々で、アメニティはマリン・ゴッドだったし、バルコニーはこれ以上広くても狭くてもダメだろうなと思わされる黄金的なバランス感覚で設計されていた。3万するだけある。この後の旅程は全部ここに泊まりたい。それほどの引力があった。
 汗まみれだったので一度シャワーを浴び、ふかふかの巨大ベッドに横になると、本当に一歩も動きたくなくなってしまった。部屋が死ぬほど涼しくて居心地がいい。本当は夕陽を見に行こうかなとかいろいろ考えていたのだが、自分に正直になると決めた。
 せっかくなので贅沢を尽くそうと、比較的安価なラオマッサージを受けることにした。フロントで予約をすると、ちょうど夕飯後くらいになりそうだったので、目の前のナイトマーケットで夕飯を調達することにした。
 散々物色をしたがなんと、カオソーイと魚の焼き物で、25000kキープ。通常の4倍くらいしてるんじゃないのか。さすがに高すぎて腹が立ったので断り、ナイトマーケットを離れて路地裏のローカル食堂を捜し歩いた。20分くらい歩き回ってようやく薄汚いローカルレストランを発見。焼いた鶏肉とごはんで4000kキープ、そうそうこのくらいじゃないとね。

うまかった
ナイトマーケットで買ったちっこい揚げ春巻きみたいなのは美味かった


 すたすた歩いてAvaniに戻り、いよいよラオ・マッサージ。最初、腕を使ってふみふみとほぐされてから、ゆっくりもみほぐす感じ。なかなか気持ちがいい。終わった後のお茶も甘く冷たく、大変おいしかった。ああ、これが贅沢ってやつかあ。

マッサージルーム


 マッサージのおかげかクタクタだったので、もう二度とここから離れたくないと思ってしまうほどふかふかのベッドに飛び込むと、息つく暇もなくぐうすか眠ってしまった。

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