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【小説】祠裁判〜あの祠、壊したんか!〜

 ここは山奥の田舎町、若者の流出によって過疎化が進んではいるが地域の住民が仲良く平和に暮らしているいい町だ。

「へへん! 遂にマウンテンバイクを買ってもらったぜ! サスペンション付きで田舎のあぜ道だってなんのそのさッ!!」

 この町に住む中学生の少年、久蘇 垣男(くそ がきお)は、誕生日に両親から買ってもらったマウンテンバイクを乗り回していた。大きく太いタイヤのおかげで砂利道でもあぜ道でも安定して走行できる代物だ。

「なんて安定した走りなんだ! これならどこまでだって走っていけるぜ!」

 垣男はその自転車の性能に魅了され、結構な速度で爆走していた。交通量が少ないこの町で育った子供は交通ルールなんて露ほども知らない。

「向こうの山まで爆走してやるぜ! おっとと……危なぁーーッい!!」

 ガッシャーンという音とともに自転車がぶつかり、垣男が放り出される。
 慣れない自転車でハンドル操作をミスり、道を外れてしまったのだ。

「いてて……、クソ―転んじまったぜ」

 幸い、擦り傷程度の怪我しかしなかった垣男は自転車を起き上がらせる。

「自転車に傷はついてないな、よかった。……ん?」

 垣男の視線の先には、小さな祠があった。垣男の自転車はこの祠にぶつかったのだ。
 よく見てみると祠に柱が一本ぽっきりと折れてしまっている。

「やべー俺が折っちゃったのかな、まぁ黙ってればバレないか」

 垣男がそそくさと退散しようとすると、祠は紫の禍々しい光を放ち始めた。

「な、なんだぁ!?」

 あまりの眩しさに垣男は目をつむる。
 光が収まり垣男が目を開けると、そこには一人の男が立っていた。無精髭にやつれた目、ぼさぼさの髪に寄れた服。あまりまともな人間には見えなそうだ。

「あらら、君が祠壊しちゃったの」
「お、おじさん誰!? どこから来たの!!?」
「おじさん? 私は神だよ、君が壊したこの祠の中にいた神だ」
「神!? 神って本当にいたんだ……」

 垣男は彼が神であるということは不思議と理解できた。
 先ほどの眩い光、急に現れた神と名乗る男、自身が壊した祠、この事実が目の前の男が神であるということを信じるには十分なことだ。

「これ、君が壊したってことで間違いないんだよね?」

 神は壊れた祠を指さしながら垣男に問う。

「ま、まぁ、そうかも」
「そうかぁ、じゃあ君には責任を取ってもらおう。祟りだ!!」

 神はそう宣言すると、垣男に向けて真っ直ぐと手を伸ばす。

「え!? ちょ、何!? 祟りって何!??」

 動揺する垣男を見て、神はその手を止めた。

「……え? 普通祠とか壊したら祟りじゃない? 君もしかして祟り知らない?」
「いや、知らないっすよ。なんだよ祟りって、聞いたこともないよ」
「今の人の世はそういう感じなのか……。ずっと祠の中で寝てたから知らなかったな」

 神は一人でぶつぶつと話し始める。
 しかし、垣男は自分が悪い事をしたということは理解しており、一刻も早くこの場を立ち去りたいという気持ちでいっぱいだ。

「なんかよく分からないけどさ、俺もう行っていいの?」

 垣男はそう言いながら自転車にまたがる。

「いや、ちょっと待て。お前、祠壊したんだろ? どうにかしろよ」
「どうにかって言われても、どうにもできねぇよ。すんませんってことで許してくれよ」
「そんなテキトーな謝罪で許すわけないだろ」

 神はひとまず垣男をその場にとどまらせ、少し思案する。

「さっき祟りを知らないって言ってたけど、じゃあ、今の人の世では悪い事したらどうなるんだ?」
「えぇー、俺、子供だからよく分かんないけどよ、とりあえず裁判とかじゃね?」
「裁判? 裁判ってどういうやつ?」
「なんか悪い事した側と捕まえたい側が議論して、最終的に裁判長って人が何の罪なのか決めるんだよ」
「なるほど、システム的には閻魔のやってることと同じ感じか」

 神は少し考え、垣男の方に向き直る。

「よし、じゃあ、祟りはやめて裁判でお前への罰を決めよう」
「えぇ! 裁判!? 裁判なんてこんなところでできねぇよ」
「そうなの? じゃあ、場所を改めて今度やるとしよう」
「マジかよ、どうなっちまうんだ……」

 その日はこれにて話が終わり神は祠へ、垣男はマウンテンバイクに乗って家へそれぞれ帰っていった。
 数日後、裁判が行われることとなった。

「では、これより垣男が壊した祠に関する裁判を行います。改めまして、垣男の祖父で本日裁判長を務めます、区長です。どうぞよろしく」

 長机がコの字型に配置された会議室で区長が挨拶をする。神の要望により急遽行われることとなった裁判は地域の区民館で開廷された。
 孫に甘い区長は、垣男の頼みを断れず、裁判長の役に駆り出されたのだ。

「では、まずは被告人である垣男の方から自己紹介でもお願いします」
「分かったぜじいちゃん! 俺の名前は久蘇 垣男くそ がきお! 自転車に乗ってて祠にぶつかっちまったけど、何とか無罪にしてほしいぜ! そのために今日は強力な助っ人を連れて来たぜ!」

 垣男はそう言って、隣にいる若い男に目を向けた。

「あ、こんにちは。テキトー大学法学部1年の勉学 三暮瑠(べんがく さぼる)です。よろしくお願いします」
「さぼる兄ちゃんは俺が小さい頃から面倒見てくれてる近所の兄ちゃんなんだぜ! 今は大学で弁護士とかの勉強をしてるらしいから連れて来たぜ!」
「(どうしよう、何が何だか分からないまま垣男くんに連れてこられたけど、裁判のことなんて何も分からないぞ)」

 三暮瑠は今年の春から地元を出て一人暮らしを始めた大学生だ。夏休みで帰省していたところ、垣男に呼び出された。この男はとりあえず入れる大学に入り、毎日遊び呆け、勉強など一切していない。

「三暮瑠くんが垣男の弁護をするということでいいのかな?」
「あ、多分そういうことですかね」
「頼むぜ、さぼる兄ちゃん!」

 垣男側の紹介が終わり、神側の紹介に移る。

「どうも、祠の神です。神様とでも呼んでください。よろしくお願いします」
「神様は1人かな?」

 区長からの問いに、神は首を縦に振る。

「私、友達いないので。1人で戦わせていただきますよ」

 そんな神の様子を見て三暮瑠が手を挙げた。

「ちょっと待ってください区長、こんな何もわかってなさそうな男と一緒に裁判を進められるんですか」
「そうは言っても何も分かってないのは儂も一緒だしなぁ、みんな垣男に呼ばれてここにいるだけだから別にいいんじゃないのか?」

 そんな三暮瑠と区長のやり取りを見て神が手を挙げる。

「大丈夫です、私は昨日リー○ルハイを一気見して六法全書を速読しました。裁判のことは大体分かってます」
「ドラマ見て分かった気になってる奴が一番良くないと思うんですけど……」
「大丈夫だ、三暮瑠くん。儂も妻に付き合わされてリー○ルハイを見たことがある。裁判のことは大体分かってる」
「誰も何も分かってないじゃないか」

 あきれ果てる三暮瑠、テキトーに進行する区長、真面目な顔をしている神と垣男でお遊び裁判が進められる。

「ではこれより、裁判を開廷する。まずは神様からどうぞ」

 区長が神に発言を促した。神は立ち上がり、背筋をピシッと伸ばす。

「そこにいる垣男という少年は、田んぼのあぜ道にある私の祠を破壊しました。器物損害罪及び不法侵入に当たると考えます。人間である者が神である私の住処を壊すとは言語道断、死をもって償うべきです。よって、死刑を求刑します」

 神は自分の意見を言い終えると、自分の席に着席した。

「はい、ありがとうございます。次に垣男くんの弁護人、どうぞ」

 区長は三暮瑠に発言を促す。
 三暮瑠は神のあまりに突飛な要求に苦笑いしながら立ち上がった。

「はい、まず器物損壊と不法侵入だとしても死刑ってのは重過ぎるでしょ、せいぜい罰金ですよ。しかも、垣男くんはまだ中学生ですから少年法が適用されます。つまり13歳の垣男くんは刑事罰の対象になりません」

 三暮瑠は聞き流していた大学の講義を何とか思い出してそれっぽいことを言う。
 区長も三暮瑠の弁護にうんうんと頷いて聞いている。

「はい、ありがとうございます。神様、何か反論はありますか?」
「大ありだわ、いくら子供とは言え人間が神の物を壊したんだぞ? それなのに罰がないってのはおかしくないか? 神ってのは偉いんじゃないのか! なぁ裁判長!!」
「うーんそうだなぁ、確かに垣男のしたことは悪い事だけれど流石に死刑っていうのは重過ぎるよなぁ」
「じゃあ、祟り! ちょっとした祟りを求刑する!」
「じゃあ、それに対して三暮瑠くんは何かあるかな?」

 再び三暮瑠に発言が促される。

「うーん、祟りって具体的にどういうことをするんですか?」
「え? うーん、これからの人生で多くの不運に見舞われるとか毎夜毎晩悪夢を見て苦しむとかそんなところかな」
「それもちょっと重すぎる気がするけどなぁ。大体裁判してるんだから神様が個人的に裁くのはダメでしょ」
「じゃあ、お供え物! これから毎日私に豪華な菓子と飯を供えることを求刑する!」
「うーんまぁ、それくらいなら」

 三暮瑠は隣にいる垣男にチラッと目をやる。垣男は不安そうな顔をしていた。

「さぼる兄ちゃん、俺、毎日お供えする小遣いなんて無いよ……」

 確かに中学生が毎日お供え物をするというのはお金的にも労力的にも辛いだろう。
 それに垣男は昔から三暮瑠に懐いていて今でもこうして頼りにしている。三暮瑠は自身のメンツを潰さないためにもこのお遊び裁判に負けるわけにはいかない。
 三暮瑠は必死に頭を回転させて垣男を無罪にする方法を考えた。

「そういえば、さっきから器物損害と不法侵入って言ってますけど、その祠はあなたの物なんですか?」
「何言ってんだ? 私のための祠なんだから私の物に決まっているだろう」
「いやいや、あなたのために作られたからといってあなたの所有物とは限りませんよ。それに、祠は田んぼと田んぼの間のあぜ道にあるんでしょ? そんな場所があなたの土地なんですか?」

 三暮瑠の猛攻に神様は言葉を詰まらせる。

「区長、祠が誰の所有物か調べてくれませんか?」

 三暮瑠はその隙に裁判長に提案をする。

「今の儂は区長ではなく裁判長だ」
「(めんどくせぇなこのジジイ)……すみません裁判長、で、調べられますか?」
「うーん、ちょっと待っとれ」

 区長もとい裁判長はそう言って区民館を出ていった。
 数分後、古びた冊子を持った裁判長が小走りで戻って来た。

「えーお待たせしました。家にあった区の名簿で調べたところ祠にある土地は近くの神社が所有している土地ということが判明しました」
「ほら、やっぱり神様の物じゃないじゃないですか」
「なんだとぅ、その神社の責任者を呼べ!」

 数分後、神の要望通りに神社の神主が区民館に到着した。

「どうも、神主です」
「よぉ神主、私は神なのだが、あのあぜ道にある祠ってお主の物なんだってな」
「はぁ、そうですが」
「でもあれって私のために作られたんだよな? ってことは私の物じゃないのか?」
「うーん細かい法律のことは分かりませんけど、神様が自らそうおっしゃるのなら神様の物なんじゃないでしょうかね」
「ほら、言ったじゃないか。やっぱり私の物だ、器物損壊と不法侵入でお供え決定だ」

 神は得意げに言い放ち、三暮瑠の反論を待つ。

「さぼる兄ちゃん、どうにかしてよ」
「どうにかって言われてもなぁ、どうしよう」

 祠が神の物である以上、神が弁償を求めるのは当たり前のことだ。
 三暮瑠は一生懸命打開策を考えるが、一向に良い案は思いつかない。

「反論が無いようなら、判決を下しましょうかね」

 裁判長が裁判を終わらせようとしたその時、端っこで座っていた神主が口を開いた。

「あの祠もねぇ、だいぶガタがきてたからねぇ」

 三暮瑠はその呟きを聞き逃さなかった。

「ちょっと待ってください! 神様、あなたは自分の物である祠をしっかりと管理していましたか?」
「え? 管理? いや、私はあの中に祀られてただけだから特に何もしてないけど」
「垣男くん、君がぶつかった祠はどんな様子だった? 元から壊れたりしてなかったか?」

 三暮瑠に問われた垣男は数日前に見た祠の様子を思い出す。

「そういえば、祠の柱がポロポロ崩れたり空洞になってたりしてたかも……」

 三暮瑠はそれを聞いて、裁判長に向き直って力いっぱいに挙手をした。

「裁判長! 僕は垣男くんの無罪を主張します!」
「ほう、でも垣男は祠を壊しているんだぞ?」
「いえ、あの祠は既に壊れていたも同然です。長年管理がされておらず、柱の木は腐り、いつ倒壊してもおかしくない状態だったと思われます。そんな状態の祠が少し壊れたからといって垣男くんに責任を押し付けるのは適切ではないと思います」

 三暮瑠が少し早口でそう捲し立てると、神は負けじと手を挙げた。

「ちょっと待て! 私はあのガキにぶつかられて目を覚ましたんだ。あのガキが祠を壊したに決まってるじゃないか。祠の柱が腐っていようがいまいが関係ない!」
「じゃあ神様、あなたは自分の祠がどういう状態だったのかしっかりと把握していたのですか? 垣男くんが来る前から祠が倒壊しそうなことを把握していましたか?」
「そ、それはしてないけど……」
「自分の所有物をろくに管理もせず木が腐っていることにも気づいてもいないんだから垣男くんが壊したことを証明できないじゃないか! あなたに垣男くんを訴える権利は無い!」

 一気に形成が逆転し、神は言葉に詰まった。
 垣男は三暮瑠に尊敬の眼差しを送っている。

「裁判長、そういうわけで垣男くんは無罪だと思います」
「ふーむ、神様からの反論はないかな?」
「ぐぬぬ、こうなったら祟ってやるか……」
「神様よ、それは脅迫罪だ」
「・・・。」

 裁判長に諭され、神は口ごもる。区民館には数秒の沈黙が流れた。

「では判決を下そう。垣男を無罪放免とする!」
「やったー! やったよ! ありがとうさぼる兄ちゃん!」
「ただし!! 垣男よ」

 立ち上がって喜ぶ垣男を裁判長が制止する。垣男の表情は喜びから一気に不安へと変わった。
 しかりつけられている時の子どもの顔だ。

「神様に一言謝りなさい。そして、これから神主さんとも相談して祠を建て直すから、それを手伝いなさい」
「はい……」 

 裁判長は優しい口調で垣男を諭した。
 垣男はとぼとぼと神様の下へ歩いて行く。

「あの、祠壊しちゃってすみませんでした」

 明らかに反省した垣男の様子を見て、神は小さくため息をついた後少しだけ口角を上げた。

「まぁ、祠は建て直してくれるみたいだし、今回は許してやるか。これからは危ない運転するんじゃないぞ」

 垣男は小さく頷き、三暮瑠の隣へと戻った。
 三暮瑠は少し笑って垣男の頭を撫でた。

「これにて閉廷!!」

 数日後、あぜ道の腐りかけの祠は撤去され、神社の敷地内にちゃんとした祠が建てられることとなった。祠を組み立てている近所の大工、区長、そして垣男だ。
 祠が完成し、神主による祈祷が終わった後、垣男は祠に向かって1人で手を合わせた。

「神様、これ、謝罪の気持ちです」

 垣男は地元の銘菓であるもなかを祠の前に置いた。今日この日のためになけなしのお小遣いをはたいて買ってきたものだ。
 垣男が帰った後、神は祠の中でもなかを食べた。
 数か月後、新しい祠の周りは何故か人知れず掃除がされているという噂話が流れた。


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藻野菜(もやさい)
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