見出し画像

【短編小説】黄色い迷子を救えるか

 私はなぜか電話を受けていた。

「ここに黄色い頭が3つあって、いなくなっちゃったって言っているんだ」

 一体私は誰からの電話を受けているのか。ただの間違い電話か嫌がらせ電話だろうと思ったが、でも少々気になり質問していた。

「あの、何がいなくなっちゃったんですか?」
「お父さんとお母さん、そしておじいちゃんとおばあちゃんだよ。だから、はぐれちゃったのさ。迷子っていうのかな」

 え、それは大変。黄色い頭が3つと言っていたから、黄色い帽子を被った幼稚園児だろうか。

「あの、もう少し詳しく状況を説明してもらえませんか?」
「ああ、いいとも。大人たちが道路の横断歩道を渡って向こう側に行ってしまったけれど、その時この子達は草むらで何か動くものを見つけてそちらが気になってしまい、草むらに入っていった。気がついたら大人たちはもういなくなっていたそうだ」

 なんて無責任な大人たちだ。子供達がついてきていないことに、どうして気づかないのだろうか。いや、気づいた時には、子供たちはもう草っ原の奥深くへ入ってしまって、会えなくなっていたのかもしれない。

「それで、その子供たちはそれからどうしたのですか?」
「草むらの中を歩き回っていたら、小さなお姉さんが声をかけてくれたらしい。親切なお姉さんは、一緒になって探してくれたそうなんだが、それでも見つからなかった。そうしたら、柵の向こうに庭が見えて、おばさんがいた。お姉さんは、おばさんのところに行って尋ねてはどうかと提案し、子供達は柵の向こうへ移動したらしい」

 私の目には小学5年生くらいの女の子が、子供たちと一緒に家族を探してあげている姿が浮かんだ。優しい女の子に会えてよかった。それから、柵の向こうの庭におばさんが見えた? 一体そこはどこなんだろう。どこか閑静な住宅街なのか、はたまた人気の少ない田舎の村なのか。

「それで、そのおばさんに、お母さんたちの居場所を知らないか尋ねたのですね?」
「そう。おばさんがいた庭には、何か大きな入れ物があり、中に紫色の小さなお花がたくさん咲いていて、良い香りがしたそうだ。近くには赤い丸いものもあったそうだ。そして、残念なことにそのおばさんも、この子達の家族を見ていないと言ったらしい。そして、道路沿いに出て、歩いた方がいいのではないかとアドバイスをしたそうで、この子達は道路沿いまで出たんだ」

 きっと庭に大きなプランターがあったのだろう。紫色の香りが良い小さなお花、ラベンダーだろうか? 赤い丸いもの、とはなんだろう? 子供が遊ぶ用のボールか何かだろうか。それにても、迷子になっている子供が物事をうまく表現できないのはわかるが、電話をかけてきているこの人は一体何者なんだろう。話し方や表現が、失礼だが教養のある大人とは思えない感じがする。

「それで、道路沿いに出てあなたに会ったのですか?」
「いや、その道路沿いで、たまたま一人で歩いていた若造に会ったらしい。この子達が事情を話すと、それならあそこで探してもらったらいいよ、と言ってこの赤い箱を教えてくれたそうだ。そして今この子達がワシのところにいるというわけだ」

 なんだかわかったようなわからないような説明だ。とにかく、迷子の子供達が家族を探して必死なのはわかった。でも、私にどうすることができようか。

「あの、状況はわかりました。しかし、あなたはなぜ私に電話をしているのでしょうか? 申し訳ないですが、私にはその迷子の子達の心当たりがまったくないのです。あなたは、どこか別のところに電話をかけようとしていたのではないでしょうか? あの、言いづらいですが、間違った番号にかけているようです。もう一度番号を確認して…」
「いや、ワシは間違ってかけてなんかいない。あなたは知っているはずだ、この子達の家族がどこにいるのか。さあ、早く教えなさい」

 なんともぞんざいな物言いだ。私はだんだん腹が立ってきた。なぜ私がこんなことに巻き込まれているのか。迷子の子供達は気の毒だが、私には力になれそうもない。なにより、一体この人は誰なんだ?

「あの、すみませんが、あなたは一体どなたなのでしょうか?」
「私は長年この村に住んでいるヒツジだよ」
「はい?」

 一瞬足がガクッと震えて目が覚めた。そうだ、さっき午後の睡魔に襲われ、どうしても耐えられなくなり、ベッドの上に横になって眠ってしまったのだ。それにしても、なんだか変な夢を見たものだ。私は重い体を奮い起こし、ベッドの淵に座った。妙にさっきの夢が気になる。おかしな電話をしていた。最後はヒツジとか言っていたっけ? 村上春樹の世界じゃあるまいし、羊男と話をしていたということなのか? 我ながら自分の夢がバカらしくなってデスクの前に戻る。

 ちょうど、カントリーライフに関する記事を仕上げなければいけない依頼があり、パソコンでカントリーライフの画像を検索していたところだった。ふとパソコンの画面を見ると、写真が2枚あった。両サイドを草むらに囲まれた道路、その上に描かれた横断歩道を4羽の鶏が横切っている。カントリーライフらしい、微笑ましい写真だ。2枚目は草むらにある木の柵に、可愛らしい子猫が手をかけて何かを探しているような顔をしている。そして、そのネコが手をかけている柵には、3羽の黄色いひよこ達がちょこんと乗って、ネコと同じ方向を見ている。ネコとヒヨコは仲良しなのか、それとも一緒に何かを探しているのか。

 あれ、なんかこの写真って、私以前から知っていたっけ? なぜか親しみを覚えながら画面をスクロールすると、また次の2枚の写真が現れた。

 3枚目の写真は、どこかの田舎の農家のお庭のような風景だ。白いアヒルが庭番をしているようにお尻を振りながらオレンジの細い足を動かしている。庭にはブリキ製の大きなプランターがあり、ラベンダーの花が植えられている。そして、プランターの近くに、赤いトマトの実がなっている。4枚目の写真は、アスファルトの道路があり、その後ろには牧草地が広がっている。道路には、子羊ではないが、まだ若そうなヒツジが立っている。このあたりの道のことならなんでも知っているというような顔をしている。

 私は少しドキドキしながら、ゆっくりとマウスを使って画面をスクロールした。

 次に現れた写真に写っていたのは、赤い電話ボックス。イギリスのカントリーサイドにあるような古い趣のあるボックス。そして、その電話ボックスの中には、長老と思われる一頭のヒツジが堂々と居座っていた。

 電話の主はこのヒツジだったのか。ふと隣の写真に目をやると、そこには、はじめに横断歩道を渡っていた4羽の鶏が写っている。いた! そうだ、あのヒツジが言っていたように、私にはあの子達の家族の居場所がわかるではないか。鶏は、やはりどこかの庭にいる。後ろには青い物置小屋がある。そして、その小屋の隣には、小屋と同じくらいの背丈まで伸びた、大きなひまわりの花が4輪咲いている。これは大きな目印になるであろう。早くこのことを伝えてあげなければ。慌てて携帯電話を握りしめた。しかし、着信履歴は友人や家族からのものしか残っていない。それはそうだ。だって、あれは夢の中の出来事だったのだから。

 3つの黄色い頭、迷子のヒヨコさんはそれからどうしただろうか。あの長老ヒツジはちゃんと家族の居場所を突き止めただろうか。いや、そんなはずはない。居場所を知っているのはこの私なのだから。教えてあげられるただ一つの方法は、あれしかあるまい。

 私は再びベッドの上に寝転がり、祈るような気持ちで目を閉じた。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?