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<短編小説>さとこの魔法の問いかけ

 ホワイトパンツにウエストインした麻のオレンジシャツをブラウジングし、颯爽と講堂の壇上に登場するさとこ。今をときめく若手起業家によるセミナーの始まりだ。


 大学を卒業し、希望のアパレルメーカーに入社したさとこ。新しくオープンした世間の注目を浴びる商業施設、5階にあるストアに配属された。夢が叶ったと喜び勇み、売り上げも伸ばして順風満帆に見えたが、わずか1年半で退職してしまった。

「私のアイデアで売り上げが伸びたのに、全部会社の手柄になっていくなんて、やってられないよ」

 さとこは言った。

「会社という組織に属している以上、それは仕方ないよ」

 3つ年上の幼馴染み、てっちゃんの言葉にも首を振り、白ワインを片手に叫び続けるさとこ。

「組織ってなんなのよ。私は自分の会社を起こして、自分のアイデアで会社を成功させて、起業家セミナーなんかも開いちゃうんだから」

 あれから2年。さとこはあの時の宣言通り、自分で小さなお店を立ち上げた。フラワーショップと本屋を融合させた、話題の店としてファッション雑誌にも取り上げられた。


「皆さんが好きなものはなんですか?」
「どうしてそれが好きですか?」
「それがこうであったら、もっと良いのにって思えることはありませんか?」

 さとこの座右の銘である、魔法の問いかけが響き渡った。


 私とさとこは、同じ幼稚園に通って以来の親友だ。小学生の夏休みには、近所のてっちゃんと3人で、毎日プールに行って遊んでいた。公園の中にある市営プールは、夏休みになれば近所中の子供たちが集まり、いつも混み合っていた。もっと広々と遊ぶことができたらいいのに、そんなことを思っていたある日、さとこは言った。

「ねえ、私たちなんでこんなに毎日プールに行くんだろう?」
「だって、外は暑いし、水の中に入って遊ぶことって楽しいね、ってさとこも言ってたじゃん」

 てっちゃんが答えた。

「そう、水の中に入れるから楽しいんだよね。じゃあさ、水の中でもっと3人で広々と遊べるところがあればいいんだよね」
「そうだけど、そんなところあるの?」

 私が聞くと、さとこは先頭に立って歩き出した。公園に入り、プールの入り口を通り過ぎ、さらに砂利道をぐんぐん進んで行った。そして、大きな池の前に出た。そこでは水鳥たちが泳いでいた。

「ここよ!」

 さとこは勝ち誇って言った。

「え、ここ池でしょう。水も濁ってるし、鳥もいるし。人間が泳ぐところじゃないよ」

 私は眉を顰めて言った。しかしさとこは私の話も聞かず、スカートとTシャツを脱いで水着になると、ジャバジャバと池の中へ入っていった。カモに近づいて一緒に嬉しそうに泳ぐさとこを見て、てっちゃんも「よし」と真顔で一大決心をしたように頷くと、水着姿になって池に入った。戸惑う私をよそに、二人は黒く濁った水を掛け合いながら、はしゃいでいた。すると、池の向こう側から大きな声が聞こえた。

「こら、君たち何をしているんだ! 池の中に入ったらダメじゃないか」

 公園の管理人さんが慌ててやって来ると、さとことてっちゃんは渋々池から上がった。けれど、私は今でも、あの時の二人の嬉しそうな顔が忘れられない。


「僕はサッカーが大好きです。でも、家の前でボールで遊んでいると、車が通って危ないし、隣の家の壁にボールがぶつかったりして迷惑だからやめなさい、って怒られるんです。学校から帰っても、もっといっぱいボールで遊べたらいいのにって思っています」

 さとこが投げかけた質問に、答えが返ってきた。

「あら、それはとてもいい思いつきよ。でも、やっぱり近所迷惑になることはやってはいけないわね。君はどうしてそんなにサッカーがやりたいの?」

「だって、サッカー選手はカッコ良いし、もっとボールを蹴って、早く上手くなりたいです」

 男の子は素直に答えた。そう、ここは起業家を目指す若者向けのセミナーではなく、小学校の講堂で開かれている「夏休み自由研究のヒント」という名の講習会だった。歳が離れた兄のいる私は、小学3年生の姪がいる。義姉とともに保護者として講習会に参加させてもらったのだ。

「それじゃ、サッカーボールを使わなくても、どうしたらサッカーが上手くなるのか、サッカーボールに代わるようなものはないか、研究してみたらどうかしら?」

 さとこはいつものしたり顔で答えている。教員席の一席に座り、さとこに見惚れて満足そうに頷いているてっちゃんの顔が見えた。この講習会に、講師としてさとこを呼んだのはてっちゃんだった。

 いつまでも一人で無茶をしてがんばっているさとこだが、いい加減気づいて欲しい。そろそろ私もさとこに魔法の問いかけをしてみようと思っている。

「さとこの人生をもっと良くするために必要な人は誰ですか? さとこをずっと支え続けてくれている人は誰ですか?」



#2000字のドラマ

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