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純粋なだけでは生きていけない。映画「ザリガニの鳴くところ」
公 開:2022年
監 督:オリヴィア・ニューマン
上映時間:126分
ジャンル:ドラマ/法廷
母が家から去り、兄弟もいなくなって、父親と二人で沼地で暮らす少女カイア。
その父親もまた、どこかに逃げて、一人でなんとか生きていた女性が、町の有力者の息子に目をつけられてしまう。
そして、その息子は、転落死体として発見され、主人公の女性が、犯人として裁判にかけられてしまう。
「ザリガニの鳴くところ」は、かなり悲惨な物語となっていますが、ただキツイだけの物語ではありません。
野生児同然に生きて、文字すら読めなかった彼女は、純朴な青年と出会い、勉強していきながら知性を身に着けていきます。
特に田舎であるとか、ある程度閉鎖的な社会の中にあって、女性が一人で生きるというのは、とつてもなく大変です。
とくに、時代が古ければ、それはさらに難易度が増すことでしょう。
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哀れなるものたち
本作品を見ていると思い出してしまうのは、ヨルゴス・ランティモス監督「哀れなるものたち」です。
見た目は大人、中身は赤ん坊。
人造人間である主人公の少女が、周りの大人たちにいいよう使われてしまう姿を描いた作品です。
逆コナンくんとでもいうべきでしょうか。
人間は、子供から大人に成長するにつれて、少しずつ人間は常識や倫理、知識や経験を増やしていき、善悪であるとか節度というものを学ぶわけですが、「哀れなるものたち」の主人公は、見た目はすでに大人であるため、節度というものをはじめ、わかっていません。
性的なものを覚えてしまえば、快楽を優先してしまいますし、トイレをしたくなったら、ところかまわずやってしまいます。
「ザリガニの鳴くところ」は、そこまで極端ではありませんが、野生児同然で育った少女が、男に翻弄されてしまう姿を描きつつ、彼女のしたたかさを描いていく作品になっているのがポイントです。
男の甲斐性
5歳で親に逃げられ、ムール貝を日が昇る前から採る生活をして生きてきた主人公カイアは、青年テイトと出会い、言葉を教えてもらいます。
この作品は、現実の難しさも教えてくれます。
テイトは、カイアに惹かれて彼女を教育します。
カイアもまた、テイトに惹かれており、相思相愛なのですが、村社会での現実も描かれています。
たしかに、二人は相思相愛かもしれませんが、身寄りがなく、沼地で一人で住んでいる少女と、将来が有望な若者が、結婚するとなれば話は別でしょう。
現代だったら、愛さえあれば問題ない、と考えることもできるでしょうが、男尊女卑がまかりとおるような時代の村社会であれば、愛だけで乗り切るには、あまりに困難が多いといえます。
テイトは、カイアと男女の仲になりそうになると、直前で断ります。
「君のことが大切なんだ」
万が一にも子供ができればテイトは、責任をとるべき立場になります。しかし、彼はこれから大学生になるような男であり、その覚悟はできていません。カイアは、全然大丈夫、といったところですが、そのギャップが、悩ましいところです。
ずるい判断にはなりますが、テイトは、1年後に帰ってくる、といったにもかかわらず、その後、姿をみせませんでした。
悪い男
そこに現れたのが、町の有力者の息子チェイスです。
まるっきりカイアのことをもてあそぼうとしているわけではないのですが、屈折しており、暴力的で独善的な男です。
そんな男に粘着されてしまうと面倒だろうな、という感じですが、すっかり気に入られてしまうのです。
テイトがいなくなってしまったカイアは、違うなー、と思いながらも、好意をもっているであろうチェイスに心をゆるすようになりますが、結局、騙されるような形になっていきます。
チェイスには、ちゃんとした婚約者もいる。
結局もてあそばれていたのか、とカイアは思ってしまうのです。
本作品は、善意にしろ悪意にしろ、男がカイアという女性を傷つける話です。
でも、傷ついて終わるだけではないのが、本作の面白いところ。
負けてられない女
本作品は、実は、裁判形式の物語です。
彼女の過去が回想される一方で、陪審員たちが、彼女の人生を聞くことになるのです。
沼地で暮らす謎の女性が容疑者となった事件。
印象だけでいえば、犯人ですが、印象と事実は別です。
本作品はミステリー風に語ることもできる作品ですが、そこは、本作品の語りたいところとは別のものになるでしょう。
ちょっとだけ、ネタバレになりますので、このあとの文章は、作品を見た後に確認していただければと思います。
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したたかな女(ネタバレ)
カイアは、教育こそ受けていませんでしたが、湿地で生きる覚悟を決め、なんとか生きてきた女性です。
自分の書いてきた絵や観察力が、出版社によってお金になることも知った彼女は、独立するための手段を確立していくのです。
ただ、その中で、彼女の美貌、魅力によって、余計な男がやってきてしまう。
裁判の中にあっては、彼女は、無罪となります。
裁判によって彼女の人生がつまびらかにされることによって、町の人たちからも偏見がなくなり、彼女は、平和に暮らしました、というおとぎ話のようなラストです。
ですが、映画を最後までご覧になった方はわかると思いますが、彼女がもっているはずがない殺人の証拠を、彼女は、隠しているのです。
もちろん、それがあるだけでそのまま犯人となるわけではありませんが、彼女をもてあそんだ男も、彼女が無罪だと信じた陪審員たちも、カイアという女性を侮っています。
彼女は決して弱いわけではありません。
彼女は、自分に害をなすものを排除した。
何がいいことで悪いことかは裁判で決められる部分はあるにしても、湿地に住んでいる彼女は、ひ弱な存在ではない、ということを強く示した終わり方となっています。
ミステリーものや、法廷ものだけで本作品をみると、言うほどに驚くような結末ではないかもしれません。
ですが、ある意味純粋に生きていた彼女が、傷つきながら、やがて、誰にも支配されずに生きるようになっていく、という大変力強い物語であることが、「ザリガニの鳴くところ」となっていますので、誰であったとしても、苦悩や強さによって描かれる内面の面白さを感じ取ってもらえればと思います。